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東京は原宿・表参道。ケヤキ並木が続くこの街は、大人も落ち着ける佇まいを残しながら、同時に、昔も今も音楽やファッション、アートの最新情報を発信する基地であり続けている。その秘密は、どうやら地道な街づくり活動にあるようだ。
「1976年のことです。当時、レコード会社に勤めていた私に、会社が商店街組合の理事会に出席しろと言うんですよ」
夜もパワー全開の業界人だった菅原さん。さぞ面食らったことだろう。
「でもね、やるなら他の街と同じことやってもしょうがない。
今でこそエコロジーといってますが、表参道の欅(けやき)会はそのころから、環境保全をキーワードにしてましたよ。
ごみを拾う、落書きはすぐ消す、安心・安全な街にするんだってね」
数年の間に様変わりしてしまう街が多いなか、「表参道」は風俗営業の制限や景観条例などの働きかけによって、今日までそのハイセンスなイメージを保つことができている。
「だから、今でもアーティストやデザイナーが生まれるし、ブランドイメージを大切にする外資系の企業が出店を望むんでしょうね」
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1980年からは、久保田利伸さん、尾崎豊さん、音楽プロデューサーの小林武史さんといった錚々たるアーティストが参加した伝説のオーディション、「原宿音楽祭」も開催した。
「表参道ではさまざまなイベントが行われますけど、今年も夏に『スーパーよさこい』が開かれます。
2001年にスタートしたお祭りですが、2010年くらいにはニューヨークのタイムズスクエアに持っていこうか? なんて話してます」
街が元気になるなら何でもやってやろう、という気概だ。
「それにしても表参道の160本のケヤキ、きれいでしょう。これは電線がないからですよ。
当時、この街をつくった人たちが電線を地中に入れてくれたんですね。街づくりに携わる者として、本当に頭が下がります」
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見るからにパワーあふれる菅原さん、実は50代のときにガンの手術、ゴルフボールを頭部に受ける事故、指の大怪我とご本人いわく「3回死にそうになった」のだそう。
「その経験からでしょう。自分は生かされていると、感謝の気持ちが強くなった。それまではいきがったり、とんがっていた自分が、人の役に立ちたいと素直に思えるようになりました」
今では健康に留意するようになり、ジム通いや朝のストレッチで理想とする“やわらかい体”を維持している菅原さんもマカの愛好者だ。
「マカには前から興味がありましたからね(笑)。筋トレしても疲れがないなと感じてます」
オンタイムもオフタイムも、あくまで“現役続行”なところが菅原さんの真骨頂。
「女性に対しても、動かなければ何も起きません。
男と女だから、うまくいくケースもそうでないこともある。
でも、好奇心と意欲がなくなったら何も生まれないでしょ? つまんない人生になってしまうと思うなあ。
僕もマカを飲み続けて、まだまだがんばりますよ」
