小さな絵巻 モノクロの世界
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今回ご紹介する絵巻は縦のサイズがわずか11センチ! 室町時代の「新蔵人絵巻(しんくろうどえまき)」です。絵巻といえば縦幅はだいたい30センチほどですが、「小絵(こえ)」と呼ばれる縦17センチほどのミニ絵巻が、室町時代、宮中や将軍家、公家の子女たちの間で流行しました。サイズが小さいので、手のなかでより自分だけの世界に浸って物語を楽しむことができます。

平安時代から伝わる画風でシンプルに

絵は、墨線だけで描く「白描(はくびょう)」。この絵巻の筆者は男性と伝わりますが、こうした白描の小絵は、当時珍しく女性にも門戸が開かれた表現形式であったといわれます。平安時代からの伝統で目は細長い線、鼻は「く」の字形の「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」、そして室内は「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」といって、天井を省き斜め上からのぞき込むように屋内の襖や几帳(きちょう)を描いています。

絵のなかに書き込まれた「画中詞(がちゅうし)」には登場人物のセリフが当時の口語で散らし書きされ、読む順番がわかるよう番号が振ってあります。詞書(ことばがき)には登場しない周囲の人々も名前付きで登場してつぶやいており、物語世界をいっそう豊かにしています。

新蔵人絵巻

放任主義の父と、個性豊かな1男3女

ある中流貴族の家に息子が1人、娘が3人いました。そうした家柄の娘の将来は、お嫁に行くか、出家するか、他家で働くかなどごく限られたものでした。父親は、あと1人ぐらい男として育てればよかったと後悔しながらも、親の考えで子どもを縛ることはできない、心のままに生きればよい、と考えます。室町時代の教育書では女性が心のままに振る舞うことが否定されていたのですから、当時の読者は非常に新鮮に感じたことでしょう。

「新蔵人絵巻」 第1段(部分)

上の画面、中央に描かれている少女が主人公、三君(さんのきみ)です。
「あこはただ、男になりてぞ走り歩きたき」――「男になって走ったり歩いたりしたい!」
その左は長女の大君(おおいぎみ)と、次女の中君(なかのきみ)。2人はそれぞれ、『古今和歌集』の歌「あり果てぬ命待つ間の程ばかり 憂きこと繁く思はずもがな」を引き合いに将来の希望を話しています。大君は「あり果てぬ世」、つまり限りある命の無常を感じて成仏を願っており、このあと出家して尼になります。一方、中君は「命待つ間」、つまり命ある限りは時間があるのだからと、刹那の楽しみに身をゆだねることを望みます。
その下は長男。こののち帝の秘書にあたる蔵人(くろうど)になり、帝に目をかけられて順風満帆に宮仕えをします。

中世仏教の信仰変成男子、女人成仏

「新蔵人絵巻」 第2段(部分)

中央下は出家して剃髪した大君。髪が女性美の象徴であった時代、周囲の人にとって坊主頭はいかほどのショックだったでしょう。その姿に母親が袖に顔をうずめて悲しんでいます。

当時、女性の身のままでは成仏できず修行などを経て男性の身になれば(「変成男子(へんじょうなんし)」)成仏できるという信仰がありました。また親子は現世限りの縁であり、死後に再会するためには親子ともども極楽浄土に行けばよいとされていました。大君は修行して真言を唱えることでその功徳により変成男子し、自ら仏となることで両親らを極楽浄土に迎えたいと考えたのです。

「新蔵人絵巻」 第5段(部分)

一方、中君は「播磨内侍(はりまのないし)」として宮中に出仕し、帝の寵愛を得て姫君を産みました。三君は男として帝に仕えたいと思い、「新蔵人」としてなんと男装で出仕します。三君12、3歳のことでした。

4者4様の人生を歩みだした兄妹。彼らの運命はいかに?引き続きお楽しみください。

前編と後編の区切り線
女性たちを魅了した!? ユニークな恋物語
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前編に続き、「新蔵人絵巻(しんくろうどえまき)」の後編をご紹介します。

ある中流貴族の1男3女。長男は帝のもとで宮仕え。長女は出家、次女は宮中に出仕しました。そして三女は、なんと男装して宮仕えをすることに…

「新蔵人絵巻」 第7段(部分)

感情が交錯し、物語は怒涛の展開に!

しばらくして結婚した長男の蔵人は、妻が愛おしいあまり、帝への務めをなげうって夫婦で部屋に籠りきりに。そのため、帝は三君が男装した新蔵人を常にそばに置くようになります。男として帝に仕えながらも、やがて新蔵人は女性として帝に寵愛される次女・播磨内侍のことをうらやむようになりました。几帳の向こうに帝の衣と姉が見え、姉妹の立場の違いが際立っています。

「新蔵人絵巻」 第8段(部分)

やがて帝は新蔵人が女性だと気づきます。帝はかえって魅力を感じ、2人は恋仲に。几帳のうしろで寄り添っています。

「新蔵人絵巻」 第10段(部分)

この場面では、帝を取り巻く3人の女性が描かれています。異なる時間を同じ構図内に描く「異時同図法(いじどうずほう)」が使われており、帝が2回登場します。右に帝と新蔵人、中央に正妻である中宮(ちゅうぐう)と衣だけが見える帝、そして左下に播磨内侍。帝は新蔵人と2、3日過ごしたあと、中宮には「重要な書類を見る仕事があってね」と嘘をついています。

ここまでが、サントリー美術館が所蔵する1巻(=上巻に相当)に描かれている物語です。続く下巻では、新蔵人が帝の子どもを身ごもり、男宮を産む展開に。その後、帝の寵愛をかさに傍若無人の振る舞いをしたため、やがて帝の気持ちも離れてしまいます。新蔵人は息子を播磨内侍に託し、出家することに。こうして物語は、姉とともに仏道修行に精進し、親子ともどもの往生を予言しつつ幕を閉じます。

斬新なストーリーに、女らしさ、男らしさを考える

女性が男装をするラブストーリーなんて、マンガやドラマみたい? じつはこうした設定は古くからあるんです。有名なのは、平安時代にさかのぼる『とりかへばや物語』。ある家族の息子と娘が、それぞれ性別を逆転して育てられ、大人になってから、それぞれ男女関係に苦しみ、2人とも本来の性に戻るというもの。こうした斬新なストーリーや愛の物語は中世の人々を魅了し、読み継がれてきました。
なかでも『新蔵人物語絵巻』はひと味違います。それは、主人公が自らの意思で男装すること、そして女性だとバレてもなお男装のままで恋愛を続け、さらには出家して性別を超えた立場となることです。「女性」に与えられた社会的役割を超えようとした新しいヒロイン像なのです。
また、剃髪して尼となった新蔵人は、姉・大君に、男のように見えるから頭巾をかぶるよういわれます。大君は、変成男子による女人成仏を目指していながら、いまだに「女性らしさ」にとらわれているのです。社会的な「女らしさ」「男らしさ」の問題について、この物語を生み出した人々が深く考察していたことが感じられますね。当時の女性たちの声が、この絵巻を通して聞こえてくるようです。

さて、サントリー美術館の所蔵品をご紹介してまいりました【美の栞】は、全5回をもちましてしばらくお休みさせていただきます。本コラムを通して、うるしや和ガラス、そして絵巻など、さまざまな美術品を通していにしえの人々の息遣いや想いを感じていただけましたなら幸いです。
これからも、日常に潜む美とともに皆さまの生活が豊かで健康でありますように…。
そして、ひとりでも多くの皆さまにサントリー美術館へ足を運んでいただけましたらありがたく存じます。

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