漆が描き出す世界。描かれた古典

丸いお盆に
描かれているものは一体なに?

波とうさぎ、とっても斬新!

身を焦がす恋心、都から遠く離れる悲しみ、花や鳥を愛でる安らぎ・・・ 
和歌に折々の心を託してきた日本人。
美しい漆器の文様にも、和歌や古典文学、古典芸能のワン・シーンが数多く登場します。
今回は、そうしたストーリーを読み解きましょう。

能の演目でも知られる、神の棲む島が舞台に。

長い耳をうしろになびかせ、波の上を走るうさぎ。江戸時代のお盆です。
「波に兎」とよばれるこの文様のもととなったのは、能の演目「竹生島(ちくぶしま)」といわれます。
琵琶湖に浮かぶ竹生島の女神・弁財天と、琵琶湖の主・龍神が姿を表して、帝の使いに玉を授ける物語です。

「月海上に浮かんでは、兎も波を走るか」

「月が湖にうつりこむ時には、きっと月に住む兎も、波の上を走るのでしょう。」
兎といえば月。古代中国の伝説では、月に住む兎が、臼と杵で不老不死の霊薬をつくといい、
日本でも、月の兎の餅つきは誰もが知るところ。
すると丸いお盆自体が、湖にうつった月を表しているともとれそうです。

古来、人々はこうして文様を見てその背景の物語に思いを馳せました。
それができれば、お!わかってるね!君も粋な文化人、というわけです。

晩秋の野々宮、
源氏の恋路はいかに?

『源氏物語』の「賢木(さかき)」の帖の場面。急いでやってきた源氏の姿も誰も描かれていない蓋の裏!?

こちらは、かの有名な『源氏物語』の「賢木(さかき)」
の帖の場面です。
誰もいない? そうなんです。これは「留主(るす)文
様」といって、わざと人物を省いて描かれているんです。
私たちそれぞれの心の中にある登場人物を思い浮かべな
がら鑑賞できる。なんとも粋な演出ですね。

蓋の表には、光源氏(ひかるげんじ)の乗ってきた御所車。
源氏は、年上の恋人、六条御息所(ろくじょうのみやす
どころ)を訪ね、京都の嵯峨、野々宮にやってきました。
蓋をあけると、蓋裏には注連縄(しめなわ)をまいた黒
木の鳥居と柴垣が表わされ、これのみで場面が理解され
るのです。赤く染まった楓や弧を描く秋草、御所車のそ
ばでは鈴虫も鳴き、わびしい晩秋の気配が漂います。

六条御息所は、ライバルの女性の枕元に生霊となってあらわれるほど、源氏を狂おしく愛しました。
しかし、本妻として迎えられることはなく、つらい恋路に区切りをつけ、京を離れることを決心します。
それを聞いた源氏は、名残惜しくなったのでした。

再会をためらう御息所に、源氏は手折った常緑樹の榊(さかき)の木に託して、変わらぬ自分の心を伝えます。
懇願に折れて姿を見せた御息所。「京にとどまってほしい」と美しい源氏に言われると、
長年のつらい思いも消え失せてしまうほどに心が乱れるのです。源氏は歌を詠みます。

暁の別れはいつも露けきを こは世に知らぬ秋の空かな

「夜明けの別れはいつも涙に濡れるものですが、今朝はまた、これまでに経験したことのないほど、悲しい秋の空です。」源氏は立ち去りがたく、御息所の手をとります。松虫の音が響く中、御息所も歌を返します。

おほかたの秋の別れもかなしきに なく音なそへそ野辺の松虫

「ただの秋の別れだけでも悲しいのに、そのうえにも鳴く音を添えて悲しみを加えたりしないで。秋の松虫よ。」 
こうして物悲しい情景の中、別れのシーンが幕を下ろすのです。

水辺を舞台にした2つの和歌、
まるで謎解きのような文様遊び。

『伊勢物語』の有名な「東下り」の場面。蓋の裏には京を追われた業平の想いや、蓋裏には西行法師が旅中でみた景色が和歌の「柳陰」が表されています。

こちらの硯箱は、蓋の上と、箱の中にそれぞれ、有名な古典文学を題材にした風景が描かれています。
まずは蓋の上からみてみましょう。

「昔、おとこありけり。」のはじまりでおなじみの『伊勢物語』。平安時代の貴公子、在原業平(ありわらのなりひら)がモデルといわれる主人公の男が、各地を旅し、歌を詠みます。こちらはそのなかでも有名な「東下り」の場面です。京都から東国を目指す道中、三河の国の八橋にいたった一行。橋のたもとに杜若(かきつばた)が咲き競い、蝶が舞っていました。

からころもきつゝなれにしつましあれば 
はるばるきぬる旅をしぞ思ふ

さて続いて、蓋をあけて中のデザインを見てみましょう。
水辺に立つ柳。「新古今和歌集」の、西行法師(さいぎょうほうし)の和歌から生まれたデザインです。

道の辺に清水流るる柳蔭 
しばしとてこそ立ちどまりつれ

「清水が流れている道のほとりの柳の木陰に、ほんのしばしと思って立ちどまってしまったよ。」 
西行法師は、平安時代、諸国を旅しながら数多くの和歌を残しました。

おや、蓋裏の柳の幹に「蔭」という字が見えますよ。これは「葦手(あしで)」といって、和歌の中の文字が織り込まれたもの。上でご紹介した和歌で詠まれた「柳蔭」を表わしています。面白いですね!雅な味わいがあります。 暑い夏の道中、しばし涼をとる西行の姿が、この柳の下に見えるかのようです。

業平&西行という2大歌人の競演! どちらも水辺で詠まれた、「夏」と「旅」にちなんだ和歌でした。

文様に隠された物語を読み解く。その楽しさにはまったかたはぜひ、
サントリー美術館のサイトもチェックしてみてください。
さあ、次回はいよいよ「漆」シリーズの最終回。
過去2回でご紹介してきた伝統の文様を打ち破る、新しいデザインが登場しますよ。
国内にとどまらない広いニーズにあわせた、あっと驚く名品もお目にかけます。
どうぞお楽しみに!

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