「うつくしきもの」和ガラスのいろは

宿る、日本の美意識

今も紫色を帯びた藍色を「瑠璃色」と呼びますが、「瑠璃」はもともと仏教で青い宝石のこと。やがてガラスのことも指すようになりました。

平安時代、皇后・定子に仕えた清少納言が書いた随筆、「枕草子」。その第百五十一段には、作者が心惹かれた「うつくしきもの」が綴られています。「うつくしきもの」とは、現代語でいえば「小さくて、可憐なもの」。その最後に挙げられているのが、「瑠璃の壺」です。
宮仕えをしていた清少納言の目を捉えたのは、さぞや美しいガラス壺だったことでしょう。

美の栞では、様々な切り口で、サントリー美術館が誇る「和ガラス」の名品をご紹介してまいります。

気泡が浮いていて不思議!藍色緑杯

江戸時代の文献に記される、「るりびいどろのあさがほで(朝顔手)」。夏の朝、ひとときの涼を感じさせてくれる朝顔。その形のさかずきで、夕時の冷酒を楽しんだのでしょうか。小さくて可愛らしい形、藍色のしっとりとしたグラデーションに、「うつくしきもの」を愛する美意識が感じられます。

台座に伸びる短い軸には、小さな気泡が封じ込められています。「ティア・ドロップ」(涙のしずく)と呼ばれるヨーロッパ伝来の技法で、器が制作された当時の空気がそのまま閉じ込められているのです。

「和ガラス」は、ヨーロッパの技術と日本の感性が融合して生まれた芸術なのですね。

地球が育む芸術

「ガラスは炎の芸術が作り出した真なる果実である」。この言葉は、1612年に出版され、ヨーロッパ中で各国語に翻訳されて読まれた、ガラス技術書の古典、『ガラス芸術』からの引用です。「炎の芸術」って、一体どういうことでしょう?
ガラスの原料は、地球の表層部に含まれる成分です。つまり、地球上いたるところに、ガラスにできる砂や岩が眠っているというわけなんです。でもガラスにするには溶かさなくてはなりません。そのため、溶けやすくする成分や、固まったあとで安定させる成分を加えて、高温で溶かしてガラスにします。

黒曜石

旧石器時代に矢じりとして使われた黒い石、「黒曜石」。…じつは天
然のガラスなんです。火山の噴火で地中の成分が溶けてガラスにな
りました。一方、人の手で作った日本最古のガラス作品は、古墳か
ら出土したガラス玉です。古代中国からガラスの塊を輸入して、そ
れを溶かして、勾玉などの形を作っていたのではといわれます。
奈良時代、聖武天皇の愛用品などを納めた正倉院にもガラス碗が伝
わりました。世界で初めてガラスが作られた地のひとつ、西アジア
からはるばるシルクロードを旅して日本にもたらされたといわれて
います。
平安から鎌倉時代には、中国との貿易が行なわれ、中国やイスラム
のガラスがもたらされて、最新のガラスの製法も伝わった可能性が
あります。しかしその後、室町時代、安土桃山時代は、専門家が「ガ
ラスの暗黒時代」と呼ぶほど、不思議なほどにガラス作りが行なわ
れなかったようです。

和ガラスの目醒め

そうした空白期から一転、和ガラスが花開いたのが、江戸時代です。戦国時代のポルトガル、スペインとの交易、江戸時代のオランダとの貿易を通して、技巧を凝らした西洋のガラスが輸入され、羨望の的となりました。こうしたなか、西洋文化の玄関口、長崎でガラスの生産が始まり、京都、大坂、そして江戸へと広まったのです。

ガラス製品は輸入されたものの、作り方は謎でした。そこで、日本のガラス職人たちは、西洋のガラスのデザインを実現しようと試行錯誤しました。そのガラスの調合は、平安・鎌倉時代に中国・宋から伝わった組成を採用してガラスを制作したのでしょう。こうして生まれたのが、江戸の和ガラスです。まさに、同時代のヨーロッパのデザインと、4世紀ほど遡る中国・宋の技術の融合。それを体現するように、当時、ガラスを「硝子」(中国の漢字)と書いて、「びいどろ」(Vidro:ポルトガル語でガラスの意味)と読みました。

長崎でガラスの生産が始まり、京都、大坂、そして江戸へ
把手がどうやって作られたかはいまだに謎!藍色ちろり

吸い込まれそうな深い藍色。美しいシルエット。冷酒を入れて特別な宴で供されたのでしょう。江戸時代の和ガラスの発祥地、長崎製ともいわれます。

ねじった把手のデザインは、ポルトガル船がもたらした、イタリア、ヴェネチア産のガラスの影響ともいわれます。一方、ふくらみのある蓋の形は、中国・宋時代に作られ、奈良・伝香寺に伝わった、ガラスの舎利容器(お釈迦様の遺骨を納めるいれもの)と似ています。

仏教では、「瑠璃」は金銀と並ぶ貴重な宝、七宝のひとつで、古来より、仏像の頭や首飾りなどに多く使われてきました。人々の苦しみを癒す薬師如来が住まう浄土は、その名も「東方浄瑠璃世界」といい、大地一面が瑠璃でできていて、澄み渡る美しさだといいます。

「うつくしきもの」、ガラスを愛した江戸の人々。
次回はその曲線美や模様を可能にした製法に迫ります。どうぞお楽しみに!

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