水の都ヴェネチアへのいざない

今回ご紹介するサントリー美術館の所蔵作品のふるさとは、水の都ヴェネチアです。
中世、地中海貿易で栄え、「アドリア海の女王」とうたわれました。ラグーナ(潟)に浮かぶ100以上の島々をたくさんの橋がつないでいます。中世に迷い込んだような石畳の街を行けば、そこここで小さな橋が現われ、ふいに美しい広場がひらけます。サン・ マルコ大聖堂、ドゥカーレ宮殿、リアルト橋、……ああ、行きたいところばかり!
そして、世界中の人々をひきつけてやまないこの街の工芸品といえば、ヴェネチアン・グラスです。

ヴェネチア地図

ファンタジア――人々はこの言葉で、ヴェネチアン・グラスの美しさをたたえてきました。
軽やかで伸びやか、かつ繊細、そして華麗。その幻想的な美しさをひもときに、みなさまを「ガラスの島」ムラーノ島へお連れしましょう。
離島のひとつ、ムラーノ島へは本島からヴァポレット(水上バス)に乗り、半時間ほど。いまも多くのガラス工房が立ち並んでいます。親方(マエストロ)と徒弟たち(セルベンテ)が流れるようなチームワークで、窯の炎で溶けるガラスを巧みに扱い、美しい作品を生み出しているのです。

ガラスの魔法にかけられて

船型水差の画像

ムラーノ島を含めヴェネチアは海抜がとても低く、海上にたゆたう船は、日常風景の一部です。
そんな街にふさわしいこの水差しは、高さ31センチ。胴の部分は見事な吹きガラスの技で作られています。
作り方は――高温で溶かしたどろどろのガラスを、吹き棹に巻き取り、ぷうっと息を吹き込んで空洞のガラス球を作ります。
そして、大きなピンセットのような道具を使って、口(縁)を作り、滑らかに整え、さらに全体をゆがませて、船の形に仕上げたのでしょう。

格子状の帆はランプワークの技法で、ランプの炎でガラス棒を溶かしながら、一本ずつ組み立てられています。帆のてっぺんには、豊饒の角「コーヌコピア」のモチーフも!

〈船形水差〉は世界的にも珍しいデザイン。じつは、ムラーノ島の運河沿いに建つ美術館に、似た作品があるそうです。デザイン画らしき絵も残っており、描いたのは、16世紀の画家の娘、アルミニア・ヴィヴァリーニといわれます。のびやかで華麗なデザインを考えたアルミニアは、きっと素敵な女性だったことでしょう。

格子状の帆の拡大画像

ヴェネチアン・グラスの興隆

ヨーロッパのガラス史は、ローマ帝国のローマン・グラスに始まり、その後、地中海東岸で技術が伝承され、イスラム帝国で再び発展しました。そのイスラム世界と盛んに交易したのが、海洋国家、ヴェネチアです。イスラムやビザンチンのガラス技術を吸収し、さらに新技術を開発。そして、イタリア・ルネサンスを背景としてさらなる洗練をとげ、15-17世紀には、世界に冠たるガラスの都となったのです。

新技術のなかでも重要なのが、15世紀のアンジェロ・バロヴィエール他による、無色透明なガラスの発明でした。
水晶を意味するクリスタル・ガラス(イタリア語ではクリスタッロ)の誕生です。

レースグラス 「ヴェネチアの秘法」

レースグラス・ゴブレットの画像です。2種類のレース模様が交互に入っており、優雅な宴にぴったりです。

このゴブレット(脚つきのカップ)の〈クリスタッロ〉の輝きは溜息もの。とろけるような乳白色のガラスは〈ラッティモ〉といいます。
まるでレースをガラスに閉じ込めたよう。これぞ「ヴェネチアの秘法」、レースグラスです。
その作り方の一例は――まず、円筒状の型の側面に、乳白色のガラス棒を並べ、透明なガラスを流し入れます。型から出して、ねじりながら引き伸ばすと、螺旋状のレースグラス棒ができます。

レースグラス棒の作り方(一例)を説明した画像 【作り方】1.型に乳白色のガラス棒を並べてから透明のガラスを流し入れます。
2.型から抜き出し形を整えます。
3.ねじりながら引き伸ばします。

透明ガラスと乳白色ガラスの並べ方によって、いろいろなデザインのレースグラス棒ができます。このゴブレットのレースグラスは、「ねじれ文様(ヴェトロ・ア・レトルティ)」。棒の並べ方でいろんな模様ができて、おもしろいですね!

ねじれ文様(ヴェトロ・ア・レトルティ)4種類のイラスト

このゴブレットは、2種類のレースグラス棒を、型の内側の側面に並べ、吹き棹に巻き取った透明ガラスをその型のなかで膨らませて作られました。

あれもこれも、きっかけはヴェネチア

蓋付ゴブレットの写真

クリスタッロ、ラッティモ、レースグラス、ランプワーク以外にも、ダイヤモンドポイント彫り、装飾ステム、金彩、ミレフィオリ、ほかにもいろいろ……
これらの技法は、ヴェネチアで発展を遂げました。
吸い込まれそうな藍色の表面に、唐草模様がびっしり。これはダイヤモンドポイント彫りといい、ガラスよりも硬い、ダイヤモンド級の堅いチップをつけたペン形の工具で表面を引っかいて模様をつける技法です。

ところでみなさま、ヴェネチアの離島のひとつ、ブラーノ島の特産品、レース編みをご存知ですか? ガラス職人たちは、繊細なレース編みをガラスの上に再現しようと、ダイヤモンドポイント彫りを採用しました。刻んだ模様に金泥を埋め込み、突起にも金箔をつけてゴージャスに仕上げています。

繊細なレース編みを施したガラスの写真

共同作業でガラス芸術を生み出してきたヴェネチアの職人たち。1291年、全てのガラス工房がムラーノ島へ移されました。火災の拡大、あるいは技術の漏えいを防ぐためともいわれています。しかしそれでも一部の職人は外に出て、やがてガラスの技術はアルプスの北へも広まっていきました。

次回のコラムでは、ヴェネチアの伝統を受け継ぎ独自の発展を遂げた、ボヘミアン・グラスをご紹介します。どうぞお楽しみに!

ちょっとよりみち
日本で受け継がれたヴェネチアの美

ヴェネチアン・グラスの技法は、遠く江戸時代の日本人を驚嘆させました。
和ガラスのコラムを振り返ってお楽しみください。

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