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フォルテピアノ

ショパンが感じた音色を求めて「フォルテピアノ」

数多くのピアノ曲を残した“ピアノの詩人”ショパンが生きた時代のピアノは、普段私たちが目にする黒塗りでどっしりとしたピアノ(別名モダンピアノ)と比べ、少々きゃしゃな風貌の「フォルテピアノ」と呼ばれるものでした。

ショパン作品をより深く理解しようと、作曲家自身が用いた楽器・フォルテピアノでその演奏を競う「第1回ショパン国際ピリオド楽器※コンクール」がポーランドの国立ショパン研究所によって開催され(2018年)、ショパンが実際に感じたであろう音や響きに注目が集まりました。今回は、時空を超えてよみがえるフォルテピアノの音色について探ってみましょう。

※ピリオド楽器…古楽器、オリジナル楽器とも呼ばれ、楽曲が作曲された当時の様式を持つ楽器。

性能の進化に敏感だったベートーヴェン

「1803年製のエラール」の画像

楽器の性能の探求に熱心だったベートーヴェン。ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」にはエラールの特性が随所に盛り込まれている。(写真は1803年製のエラール)

ショパンが生まれ、ベートーヴェンが活躍した19世紀前半、ピアノは大きな転換期にありました。物流や人の往来がグローバル化し、それまでウィーン、パリ、ロンドンと都市ごとに培われた楽器の技術の交換が盛んになり、楽器製作者たちは競って新しい機能を開発しました。ベートーヴェンは、こうした楽器のテクノロジーの進化に敏感に対応した音楽家のひとりです。

ウィーンを拠点とし、ウィーン製のフォルテピアノ(タッチが軽く楽節のつなぎに素早く対応)を愛用していたベートーヴェンは、1803年にパリのエラール社から新しいフォルテピアノを贈られます。ベートーヴェンはこの「エラール」で、初めて「足ペダル」を体験。このころ作られた「ワルトシュタイン」というピアノ・ソナタの第3楽章に、実に多くのペダル記号が付けられていることから、彼が積極的に、半ば面白がって足ペダルの機能を試していたことが想像できます。

また、エラールはウィーン製のものより音域が広く、音の強弱のコントラストが明瞭なので、難聴に苦しむベートーヴェンに“希望の光”を与えた一台だったかもしれません。

ショパンを支えた2つのフォルテピアノ

「2代目カミーユ・プレイエル」イメージ画像

プレイエル社の2代目カミーユ・プレイエル(写真)はショパンと親交があり、「彼と連弾をするときはレッスンを受けている気分だ」とショパンにいわしめるほどのピアノの名手だった。

ショパンとフォルテピアノの関係についても見てみましょう。ショパンは、気分のすぐれないときはエラールを、元気なときには「プレイエル」を弾いた、といわれています。病弱だったショパンが体調を崩し、思うように指を動かせないときでも、エラールであれば安定した、透明感のある音が出せたそうです。体力のないショパンの打鍵を、エラールの高い性能が支えていたということでしょう。一方プレイエルは、気力に満ちたショパンの情熱や、デリケートな感情を詳細に表現したと伝えられています。

このように、同じフォルテピアノでもメーカーが違えば音や響きが異なり、さらに手作りだったことから、一台一台違うキャラクターを持っていたのです。当時の音楽家たちは、自らの創作にひらめきを与えてくれる“運命の一台”を探し求めていたかもしれませんね。

時空を超えてよみがえる、フォルテピアノの音色

「エラール」のイメージ画像

パリのサロンでリストも弾いたといわれるエラール。現在はサントリーホールで時折その音色を耳にすることができる。

19世紀のパリのサロンで活躍し、技巧派で知られる“ピアノの魔術師”リストも弾いたといわれるエラールが、現在サントリーホールに所蔵されています。このエラール、かつては福澤諭吉の孫のひとり進太郎と、妻で声楽家のアクリヴィ夫人が愛用していたもので、2004年に福澤家から寄贈されました。

濃い褐色のカエデ材の木目が美しい、当時のフォルテピアノとしては珍しい大型(長さ2メートル50センチ)で、まるで工芸品のようなたたずまい。第二次世界大戦の戦火をくぐり抜け、奇跡的にパリから日本へ渡ったエラールは、その豊かな音色で再び現代の音楽家たちをインスパイアしているそうです。

フォルテピアノの繊細な構造は、弾き手の心の動きまで映し出すといわれています。この楽器が作られた18世紀から19世紀前半ごろのヨーロッパは、政治や社会の在り方についてまだ自由に発言することが許されない空気。そうした時代の楽器は、人々の心の葛藤や、言葉にできない想念などを音にして、代弁する役割も担っていたのではないでしょうか。フォルテピアノの演奏に触れる機会がありましたら、耳と心を研ぎ澄ませ、作品が生み出された「時代の声」に思いを巡らせてみるのも面白いでしょう。

【参考文献】
『ピアノはいつピアノになったか?』(大阪大学出版会)、『MOSTLY CLASSIC』2017年5月号(産業経済新聞社)

「有田正弘指揮、クラシカル・プレイヤーズ東京演奏「ショパン:ピアノ協奏曲第1番、第2番」仲道郁代(フォルテピアノ)」
今月の1枚

古楽演奏の第一人者、有田正広と、人気ピアニスト仲道郁代の共演によるこのアルバムの最大の特徴は、1841年製の名器プレイエルを使用したこと。ショパンが愛したプレイエルの響きをぜひお楽しみください。
有田正弘指揮、クラシカル・プレイヤーズ東京演奏「ショパン:ピアノ協奏曲第1番、第2番」仲道郁代(フォルテピアノ)

ウエルネスライフマガジン 2019年5月号掲載分

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