楽器・ホール・イベント

温暖化と楽器の関係

暑い!だけじゃない「温暖化と楽器の関係」

今年(2019年)の夏も、日本各地で猛暑日が続きましたね。世界的に見ても、7月の平均気温は米国海洋大気庁(NOAA)が観測を始めた1880年以降、最も高かったそうです。この記録的な暑さだけでなく、地球の「温暖化」はずいぶん前から楽器の製作に影響を及ぼしているという事実をご存じでしたか? 今回は、さまざまな木を素材にしている楽器と温暖化の関係について考えてみました。

世界最高齢の木は何歳?

地球上に生息する動植物の中で、「木」ほど長寿の生命体があるでしょうか。単体として世界最高齢の樹木とされる米国カリフォルニア州ホワイトマウンテンに生息するブリッスルコーンパインというマツの一種は、樹齢約5,000年と推定されています。古代エジプトでピラミッドが建設されようかというころから生きているのです! そんな巨木も、一粒の種から地中に根を張り、芽を伸ばし、細胞分裂を繰り返しながら成長したわけですが・・・。

木の専門家は、輪切りにした木の断面に広がる「生長輪」を見れば、おおよその樹齢やその木が育った環境が分かるそうです。通常、木は暖かい時期に水分・養分をたくさん取り込み、寒冷下では活動を低下させます。そして生長した分の細胞で毎年、輪を広げていきます。この生長輪の「幅」が広い年は、根や葉が多くの水分を吸収し、ぐっと生長が促された年。温暖化で暖かい日が続くと木の生長は早まり、生長輪の幅が広く、密度の低いスカスカの木に育ってしまいます。

「輪切りにした木の断面」の画像

楽器製作のかなめ、スプルース

「楽器用木材」イメージ画像

軽く、軟らかく、適度な強度と弾力性を併せ持つ良質なスプルースが、楽器の音色を左右する。

種類やパーツによって、楽器にはさまざまな木が使い分けられています。バイオリンの弦を支える「表板」や、ピアノの音を響かせるための「響板」に使われているのは「スプルース」という木で、ともに音色を決定づける重要なエレメント。スプルースはマツ科の針葉樹で、主な原産地は北米北西地域(カナダ西部、米国アラスカ州やワシントン州)、欧州(スウェーデンやフィンランド等の北欧)、ロシアや日本の北海道にも似た樹種があります。本来は寒い場所でじっくりと年月をかけ育つはずのスプルースが温暖化の影響で早く生長してしまった場合、音を響かせる上で重要な気密性を失い、楽器用木材としての役目は果たせなくなってしまいます。

そもそも、住宅建材や生活用品に加工される木と違い、楽器に生まれ変わる木は厳しい条件をクリアしたエリート中のエリート。商社が原木を買い付け、問屋で等級付けされた木材から、楽器メーカーの“目利き”が一握りの超ハイグレード品だけをより分けるのだとか。温暖化が社会問題化してからは森林伐採の規制も進み、21世紀に入ると供給量が激減。いまや天然のスプルースはアラスカでしか伐採許可が下りず、入手は困難を極めています。

究極の音色を諦めない

「スタインウェイ&サンズのグランドピアノ」の画像

普段は塗装の下に隠れてしまう天然無垢材を見ることができる特別仕様のピアノ(貸し出し用のため、展示・販売はされていません)。

画像提供:スタインウェイ・ジャパン株式会社

“世界最高峰”とうたわれる荘厳かつクリアな音で、世界中のアーティストを魅了しているスタインウェイ&サンズのグランドピアノ。その響きを繰り出す心臓部(響板)にも、スプルースが使われています。響板のみならず、美しいリム(側板)にはマホガニー、内部にはメープル(カエデ)やカバなど用途に合わせた各樹種の一級品が集められ、そのすべては天然の無垢(むく)材に限られています。

100年以上前に完成した原型をほぼそのまま保ち、当時取得した特許技術とともに現代へ引き継がれている同社のピアノ製造。独創的な設計・技術・ノウハウ、そして素材へのこだわりがその価値を揺るぎないものにしています。その一方で、温暖化による素材の調達コスト増や、生産を米国ニューヨークとドイツのハンブルクの工場に限っているため人件費の高騰も手伝い、毎年値上げを余儀なくされているとのこと。本体価格1,000万円を下らないピアノの価格改定はたびたび音楽界を騒がせますが、唯一無二のスタインウェイサウンドを愛してやまない演奏家たちのためにも、一切の妥協は許されないのです。

楽器の音色に限らず、生活のあらゆるシーンに溶け込んだ“木のぬくもり”が失われようとしています。いまや温暖化は、多くの部分で自然と共生してきた私たちの文化をも脅かす存在となっているようです。

【参考文献】
『図解 木と木材がわかる本』(日本実業出版社)、『世界木材図鑑』(ガイアブックス)
【取材協力】
住友商事株式会社、スタインウェイ・ジャパン株式会社

「「内田光子シューベルト・ベスト」/内田光子(ピアノ)」
今月の1枚

ピアノの名門ブランド「スタインウェイ」が認定する「スタインウェイ アーティスト」の一人内田光子は、スタインウェイの音色を知り尽くした世界的ピアニストです。選び抜かれた木材によって作られるピアノの美しい響きをお楽しみください。
「内田光子シューベルト・ベスト」/内田光子(ピアノ)

ウエルネスライフマガジン 2019年9月号掲載分

インフォメーション