クラシックトリビア

「唱歌・童謡」のイメージ写真

日本人のこころのふるさと 「唱歌・童謡」

メロディーが流れると、思わず口ずさんでしまう唱歌や童謡。「懐かしい」と思われる方もいるでしょうが、実は近年テレビやラジオで唱歌や童謡を取り上げる番組が増え、CDの売り上げも上昇中なのです。2018年は日本に童謡が生まれて100年ということもあり、記念コンサートなども盛んに行われています。今回は、時を超え、世代を超えて再び注目を集めている唱歌・童謡の魅力に迫ってみましょう。

学校で習う「唱歌」と、遊びながら覚えた「童謡」

もともと唱歌という言葉は、「song(歌)」の訳語だということをご存じでしたか? 鎖国から開国へ、日本が明治という新しい時代を迎えた19世紀後半は、さまざまな外国文化やシステムが導入され、近代的な学校制度も確立しました。学校には「唱歌科」が設けられ、文部省(当時)のもとで編集された歌本を用いて子どもたちは唱歌を習いました。つまり唱歌は“学校で習う歌”だったんですね。

一方、大正時代に生まれた童謡は、例えば「寝坊は楽しい」や「叱られて悲しい」など、子ども目線で作詞されたものや、遊びのなかで歌い継がれてきた童歌(わらべうた)がベースとなった親しみやすいものが中心となっています。

今では一緒に語られることも多くなった唱歌・童謡も、異なる背景をもって浸透していきました。

「さまざまな唱歌・童謡」の図

洋を取り入れ、和のものとする日本の流儀

「ピアノ」イメージ画像

西洋音楽の7音階(ドレミファソラシ)に対し、日本の伝統音楽には4音目(ファ)と7音目(シ)がなかったため、この2音を抜いてアレンジされた曲も多い。

昭和の卒業式の定番「蛍の光」や「仰げば尊し」をはじめ、唱歌には道徳的な歌詞が多いのですが、曲は外国から借りてきたものがほとんどです。なかには原曲の歌詞とは似ても似つかない内容になっているものもありますが、西洋の音楽にアレンジを加え、日本語の歌詞をつけてすっかり自国文化の一部にしてしまうところなどは、日本人ならではの器用さなのでしょう。

しかしそれだけでは、後世に残る名曲として歌い継がれるまでにはなっていなかったでしょう。欧米に追いつけ追い越せともがき、混沌(こんとん)とした社会のなかで、日本が新しいアイデンティティーを模索していた時代。唱歌からは、そうした時代の要請に応えようとした人々の気概が感じられます。大人になって口ずさむことで、子どものころには分からなかった、先人たちが唱歌にこめた愛国の精神や郷土愛を感じ、こみ上げてくるものがあるように思います。

アメリカの教育学者をうならせた童謡

「雑誌『赤い鳥』」の画像

子どものための文化・芸術の創世に大きな影響を与えた雑誌『赤い鳥』。2018年は創刊100年の年にあたる。

やがて大正時代に入り、児童文学者だった鈴木三重吉が1918年(大正7年)に子ども向けの雑誌『赤い鳥』を創刊、童謡を生むきっかけをつくります。政府主導の唱歌を「あまりに教育的・写実的で詩情に欠ける」と考えていた鈴木が先頭に立ち、芥川龍之介や有島武郎など当時の文壇作家、北原白秋といった一流の詩人が中心となり、子どもの創造性を育む芸術性の高い童話・童謡をこの誌上で発表し、大きな反響を呼びました。

その後、関東大震災(1923年)の際に寄せられた救援物資への返礼として、アメリカへ日本の音楽の演奏旅行が実現し、そこで歌われたのが童謡「赤い靴」と「青い眼の人形」でした。それを聞いたアメリカの教育学者は、日本では子どものために一流の詩人や音楽家が童謡を競作し、子どもたちに聞かせていることに触れ、「これは世界の児童文化史上ゆゆしき出来事で、こういう教育を受けて育った子どもはどのようになるかを考えると、日本はまことに末恐ろしい国である」と語ったといいます。海外の識者に“一国の未来に多大な影響を与えかねない”とまでいわしめた童謡。こちらも改めて口ずさむと、時を経ても色あせないその真価を感じることができるでしょう。

時代が変革するなかで、日本の道徳観・自然観を歌にこめ後世に伝えようとした「唱歌」と、児童文化の発展に多大な貢献を果たした「童謡」。2つの潮流は、やがて日本独自の美意識を結晶させた無形の文化財となり、先行きが不透明な現代にこそ求められる歌となっているのではないでしょうか。

【参考文献】
『童謡・唱歌の世界』(講談社)、『童謡・唱歌でたどる音楽教科書のあゆみ―明治・大正・昭和初中期』(和泉書院)

「波多野睦美(メゾソプラノ)野平一郎(ピアノ):「美しい日本の歌」」のCDジャケット写真
今月の1枚

「からたちの花」や「浜辺の歌」に「城ヶ島の雨」など、日本人の心に染みる“美しい歌”の数々を、バロックオペラを代表するメゾソプラノ波多野睦美の歌で楽しむこのアルバムは、時代や世代を超えて楽しめることでしょう。
波多野睦美(メゾソプラノ)野平一郎(ピアノ):「美しい日本の歌」

ウエルネスライフマガジン 2018年10月号掲載分

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