クラシックトリビア

「古楽を楽しむ」のイメージ写真

時代の響きを体験 「古楽を楽しむ」

「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」という言葉がありますが、音楽の世界にも、古い時代の楽器や奏法を捉え直し、新しい音楽的見解を得ようとする動きがあります。今回は、バッハなどが活躍したバロックおよびそれ以前の時代の「古楽」と呼ばれる音楽を見直し、進化の過程で失われかけた古楽復興の背景について、探ってみました。

社会の空気に敏感に反応する「音楽」

いま私たちが聴いているクラシック音楽は、ローマ・カトリック教会での典礼や聖歌などが源流となっています。中世、ルネサンス、バロックと歴史を重ねた教会音楽が貴族の楽しみへと広がり、モーツァルトベートーヴェンが台頭した「古典派」と呼ばれる時代には一般市民へと浸透。それとともに、より広いホールでの演奏が求められるようになりました。そして19世紀ごろにかけ、現代のオーケストラで用いられる機能的な楽器・奏法が開発され、古典派よりも前の様式で演奏される「古楽」は時代遅れのものとして忘れ去られようとしていました。

しかし20世紀を迎えると、その機能的な音楽スタイルは停滞します。同じころ、高度に文明化した政治・経済は世界大戦や核兵器を生み、人々は「進歩」することへの矛盾に直面していました。そうした社会の空気に先んじて、音楽の世界では、自らのアイデンティティーや身体感覚を核とする民族主義やジャズが生まれ、やがて古楽のオーセンシティー(真正性)を発掘する流れへとつながりました。

「音楽の歴史年表」の図

時代の響きをよみがえらせる

「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」の画像

1953年の設立以来、オーストリア・ウィーンを拠点に古楽運動をリードし続ける「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」。

©Concentus Musicus

教会音楽としての古楽の役割は、神の言葉を伝えること。作曲者は音符でそれを表し、演奏者は忠実な“語り手”となること。「どのように演奏するか」は、音楽をつかさどる人々(聖職者・作曲者・演奏者)の暗黙の合意と、演奏場所の環境によって決まりました。ゆえに古楽譜には、明確な演奏方法は一切示されていません。例えば、現代では「アダージョ(ゆっくりと)」や「グラーヴェ(重々しく)」といった演奏記号は楽譜上で曲のテンポを示し、どのように演奏すればよいかヒントを与えてくれますが、古楽譜上では、同じ記号が「優雅に演奏する(アダージョ)」や、「厳粛に演奏する(グラーヴェ)」といった意味を持ちます。かつての演奏者は、それらの記号を「神の言葉をどう語るべきか」を念頭に消化し、表現していたのです。

20世紀以降、多くの音楽家がこの古楽譜の再解釈に挑戦し、当時の楽器を用いて実験を繰り返しました。なかでも大きな功績を残したのが、ニコラウス・アーノンクール率いる「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」です。まだ戦争の記憶が新しい1950年代、多額の費用と年月をかけ古楽復興に挑戦し、1957年に初の公開演奏会を開きますが、耳慣れない音楽に聴衆の批評は賛否両論。バッハの良く知られた曲などは「知っている通りに聴きたい」と、拒絶反応を示されたことも。しかし、曲が作られた時代の精神、素材、技術に徹底してこだわった彼らの姿勢は過ぎ去った時代の生命力をよみがえらせ、やがて人々を魅了したのです。

古楽の演奏に欠かせない、古楽器の響き

「フレンチ・スタイルのチェンバロ」のイメージ画像

フランスの楽器製作者により複製されたフレンチ・スタイルのチェンバロ/Nicolas Dumont's model in 1707

時代検証のさらに難しい話は演奏者に任せるとして、古楽を聴く楽しみのひとつ、「古楽器」についても触れてみましょう。ピアノが登場する前の鍵盤楽器の代表格チェンバロは、音はか細く、鍵盤数も少ないため音階は限られますが、「シャンシャン」という独特の音色が魅力です。また、現在一般的に使われている19世紀に改良されたフルートは、音色や音程が均一で音がよく響きますが、古楽で用いられるバロック・フルートは音域も狭く、音が安定しません。しかしそのゆらぎがやわらかな音色を生み、耳に心地よかったりもします。

ダイナミックで迫力のあるオーケストラ演奏に慣れている私たちの耳には、音量が小さく繊細な古楽器の響きは、少し物足りないかもしれません。しかし、その奏法・楽器だからこそ伝わる良さもあり、隠れた名曲の発掘にもつながっているのです。

古楽の探究は単なる学術的な取り組みに終わることなく、現在ではオーケストラのなかに古楽器を取り入れたコンサートが催されるなど、さまざまな挑戦が続いています。近年、朝のラジオ番組でも人気の古楽、まずはその響きを体験してみてください。

【参考文献】
『アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクス -世界一風変わりなウィーン人たち』(アルファベータ)、『50の名器とアイテムで知る 図説楽器の歴史』(原書房)

「ニコラウス・アーノンクール(指揮)、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス:「モーツァルト後期3大交響曲」」のCDジャケット写真
今月の1枚

60年以上にも及ぶモーツァルト研究の成果を世に問うアーノンクール最晩年の録音は、モーツァルトの時代の響きを今によみがえらせる最上の贈り物。まさにオリジナル楽器の繊細さと激しさを体験するのにピッタリの1枚です。
ニコラウス・アーノンクール(指揮)、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス:「モーツァルト後期3大交響曲」

ウエルネスライフマガジン 2018年11月号掲載分

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