クラシックトリビア

「楽器演奏と脳の関係」のイメージ写真

アンチエイジングのヒントを探る 「楽器演奏と脳の関係」

複雑な音符が書かれた楽譜を前に、猛スピードかつ華麗な指さばきで演奏を続けるピアニスト。ときどき、「本当に楽譜を読んでいるの?」「丸ごと暗記しているのでは?」と、不思議に思うことがあります。高齢で活躍しているプロの方も多くいらっしゃり、記憶力の衰えを感じさせないパフォーマンスの秘密は何なのか? と気になるところ。そこで今回は、「ピアニストの脳のメカニズム」をひもときながら、アンチエイジングにつながるヒントを探ってみました。

演奏中、ピアニストの脳内では何が起きている?

ピアニストの脳をMRI※で見ると、普通の(音楽訓練を受けていない)人よりも「海馬」と呼ばれる“記憶をためておく領域”が大きいそうです。メモリーの容量は確かに大きいようですが、ピアニストの多くは、「記憶した曲」だけでなく初めて目にする楽譜の曲や、初めて耳にするメロディーも、その場ですぐに演奏することができます。このときピアニストの脳内でフル稼働しているのが、五感でとらえた情報を“運動に変換する”機能です。

目から入った音符の情報は、脳の「視覚野」から入って「頭頂連合野」で動きの情報に変換され、筋肉の指令塔「運動野」から指に伝えられます。演奏中はこうした伝達が頻繁に行われるため、訓練を積んだピアニストは情報の中継地点である「頭頂連合野」が発達しているといわれています。だから初見の曲もスラスラと演奏できるのですね。

日常生活に置き換えると、見たり聞いたりしてインプットした情報を、話したり笑ったりという動作にアウトプットする処理能力が高いといったところでしょうか。この能力は加齢による影響を受けやすく、低下すると物忘れしやすくなるなど記憶に支障を来すこともありますが、実際、ピアノの練習はそうした能力の低下を防ぐことにつながるのか…? ここからは、脳科学の研究者であると同時に音楽大学で教授を務められ、「音楽訓練が脳に及ぼす影響」について詳しい、古屋晋一先生に解説していただきます。

※MRI…磁力と電波を用いて身体の断層画像を撮影する装置

「ピアニストの脳のMRI」の図

楽器演奏と脳、アンチエイジングの関係

「古屋晋一さん」の画像

脳科学の見地から音楽の技能熟達を研究テーマに、現在、ハノーファー音楽演劇大学客員教授などを務める古屋晋一さん。

― (目や耳から入った情報の処理能力が高い)ピアニストの脳のしくみから、アンチエイジングにつながるヒントを教えていただけないでしょうか?

古屋晋一先生(以下、古屋):ピアニストに限らず、一定期間音楽訓練を受けた人であれば「頭頂連合野」が発達している可能性が高く、感覚情報の処理能力が高いでしょう。また、若い人の脳ほどやわらかく変化しやすいので、早くに訓練をはじめた人ほど発達しているといえます。ただし、スピードは遅くなりますが、年齢を重ねてもその人の脳が持つ「限界」までは発達します。

アンチエイジングの観点では、音楽訓練は加齢による認知機能や注意力の低下に歯止めをかけたり、低下の開始年齢を遅らせたりすることに効果的です。例えば、「誰かと会話した内容を思い出せない」といったときに、その人の「声」を思い浮かべたら内容を思い出した、というようなことはありませんか? 音楽訓練を続けることで、こうした能力の改善が期待できます。

一方、注意力に関しては、楽器のなかでもピアノの訓練がより効果的だといえます。ケガや交通事故の原因となる注意力低下を防ぐには、「一度にたくさんのことに注意を向ける」能力が重要です。ピアノ演奏は、両手指すべての神経を駆使し、協調させなければなりません。さらに、右手でメロディー、左手で伴奏など、多くの音を聞き分けながら演奏するので、「たくさんのことに注意を向ける」ように脳が働く必要があります。

頭(脳)と身体をバランスよく使うことが重要

「身体のバランス」のイメージ画像

頭(脳)と身体をバランスよく使って、健康寿命を延ばしていきたいですね。

― 年齢を重ねても脳は成長するのですね。でも発達のスピードはゆっくりだから、加齢に対抗するには、たくさん練習した方がいいのでしょうか?

古屋:やりすぎは禁物です。ピアニストが激しい練習で指を痛め、キャリアを断念したという話は少なくありません。また、ピアノの練習自体がつらいと途中で挫折してしまうことも多いでしょう。

重要なのは、頭(脳)と身体をバランスよく使うこと。どちらかだけでもダメで、頭(脳)と身体を連動させた活動が望ましいです。楽器を弾く、特にピアノの演奏はこのバランスが強く要求されるので、アンチエイジングに適しているといえるでしょう。しかし、やみくもに練習したり、楽譜を丸暗記しようとしたりするのは、余計なところに負荷がかかり、逆効果になることもあります。正しい指導法のもと、楽しみながら長く続けて健康寿命を延ばしていただきたいですね。

【参考文献】
『ピアニストの脳を科学する:超絶技巧のメカニズム』(春秋社)

「「ショパン・アルバム」ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)」のCDジャケット写真
今月の1枚

2019年に没後30年を迎える20世紀最高のピアニストの1人ホロヴィッツ。彼が遺したショパン・アルバムは、まさに名曲名演の極みでしょう。80歳を超える高齢になっても現役のピアニストであり続けた姿はもはや伝説です。
「ショパン・アルバム」ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)

ウエルネスライフマガジン 2019年3月号掲載分

インフォメーション