クラシックトリビア

「世紀末ウィーン」のイメージ写真

多様性こそエネルギー 「世紀末ウィーン」

日本オーストリア友好150周年にあたる2019年、オーストリアの優れた文化・芸術がさまざまな形で紹介されています。なかでも、首都ウィーンが近代都市へと変貌し始めた19世紀末から20世紀にかけての“世紀末”を舞台としたイベントは大盛況。今回は、現代の私たちをも引き付ける「世紀末ウィーン」芸術の魅力を、その歴史的背景も交えながら少しだけのぞいてみましょう。

伝統という名の壁を壊し、ウィーンに自由と平等を

「ウィーン旧市街」の画像

城壁のあとには“リンク”と呼ばれる1周約4kmの環状道路が整備され、ウィーン旧市街を囲むように公共建造物が並んだ。

19世紀後半のヨーロッパ。イギリスから始まった産業革命が技術革新と工業化を促し、中世以来ハプスブルク家の伝統が根づいたウィーンにも近代化の波が押し寄せました。かつてオスマン帝国からウィーン旧市街を守った城壁は環状道路に姿を変え、市庁舎や大学など新しい公共の建物が並び、それまで宮廷の所有物だった劇場は新興のブルジョワ階級の手によって生まれ変わり、華やかなウィンナ・ワルツが響き渡っていました。

1848年から君臨した皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の「自由」と「平等」を重んじる政策は、周辺諸国から多くの進歩的な知識人を引き付け、また、地政学的にも東西ヨーロッパの中間点であったことから、ウィーンはゲルマン、ラテン、スラヴ、ユダヤ系の入り交じる民族のるつぼとなりました。こうした多民族・多文化共生の混沌(こんとん)としたエネルギーが、世紀末ウィーンのダイナミズムを生み出していったのです。

類まれな才能がひしめき合う世紀末ウィーン

伝統と革新、東と西、多様な民族が融合し、相反する価値観が渦巻くひとつの都市に、美術、音楽、建築、さらには精神医学や物理学といった分野をもまたぎ、類まれな才能が出現したのもこの時代のウィーンの特徴です。

「世紀末ウィーン主要人物紹介」の画像

世紀末ウィーンを象徴する人物の筆頭といえば、画家のグスタフ・クリムトでしょう。金色に輝く官能的な男女を描いた独特の世界観が有名ですが、保守的な美術界を相手に芸術の自由と解放のために闘った分離派※のリーダーです。音楽界に目を転じれば、ヨーロッパ中をワルツの嵐に巻き込んだヨハン・シュトラウス2世に始まり、当時は作曲家というよりも指揮者として活躍したグスタフ・マーラー、12音技法という新しい作曲手法でクラシック音楽の伝統を覆したアルノルト・シェーンベルクなど。そして、人間の“無意識”を解明した精神分析の開祖ジークムント・フロイトも、同時代のウィーンで活躍した重要な人物です。

※(ウィーン)分離派・・・当時のウィーンにおける公的な美術団体キュンストラーハウスの伝統主義に反対した芸術家たちが1897年に立ち上げた前衛集団。

芸術の存在意義を問い続け、到達したのは・・・

「『ベートーヴェン・フリーズ(部分)』のラスト」の画像

コの字の壁面にストーリー展開された『ベートーヴェン・フリーズ(部分)』のラスト。天使たちの歓喜のコーラスに包まれている。

世紀末ウィーンの美術界や音楽界で起こった伝統に縛られない自由な芸術表現の模索は、単なる体制批判ではなく、ひとつの理想に根差した新しい芸術の芽生えでした。その理想は古代ギリシャ悲劇までさかのぼり、「人間の理性や感情が混然一体となって表現されたドラマにこそ芸術の本質があり、美術・音楽などと細分化されたことによって、芸術は真のパワーを失った」と唱えたリヒャルト・ワーグナーの「総合芸術」思想が当時の芸術家たちを結び付けていました。

そして迎えた20世紀。1902年に開催されたクリムト率いる分離派の第14回分離派展で、総合芸術は形となって現れます。ワーグナーにより総合芸術の象徴とされたベートーヴェンがテーマとなり、「第九」をモチーフにした壁面絵画『ベートーヴェン・フリーズ』では、人間の苦悩、孤独な魂の闘い、その後に訪れる歓喜の世界が、クリムトなりの解釈も交えて展開されました。展覧会初日、その絵画の前でマーラー率いる管弦楽団が華々しく「第九」の一節を演奏。総合芸術による“魂の救済”が、世界に向けて宣言された瞬間でした。

多様性とは、芸術とは、そして人間とは。現代につながるさまざまな問いに、大胆なアプローチで迫った世紀末ウィーンの芸術。この機会に、ぜひ触れてみてください。

「クリムトと1900年〜ウィーンを巡る音楽〜」のCDジャケット写真
今月の1枚

世紀末のウィーンは、画家クリムトや作曲家マーラーなど多彩な才能が集まり、“新たな芸術が生まれた時代”として注目されています。この時代にちなむさまざまな音楽を収めたこのアルバムからは、時代の息吹が感じられそうです。
「クリムトと1900年〜ウィーンを巡る音楽〜」

ウエルネスライフマガジン 2019年8月号掲載分

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