クラシックトリビア

「合唱の魅力」のイメージ写真

歌って新年を迎えよう! 「合唱の魅力」

年の瀬が近づくと“どこからともなく聞こえてくる”曲として、以前このコラムでも紹介したベートーヴェンの「第九」(交響曲第9番ニ短調<合唱付き>)。12月だけでも百を超えるプロ、アマチュアによる「第九」コンサートが日本各地で開催されるそうです。普段は主婦、会社員、学校の先生など別々の人生を送っている縁もゆかりもない人々が、年末になると「第九」の第4楽章「歓喜の歌」を合唱するために集い、即席の合唱団となることも。今回は、多くの人を魅了する“合唱”の魅力について、探ってみました。

合唱が人を動かし、歴史を動かした国

「バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)」のイメージ画像

1987年から1991年にかけてバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)では独立運動が盛り上がり、音楽によるデモが行われたことから、一連の活動は「歌う革命」と名付けられた。

英語で「コーラス」すなわち合唱は、ギリシャ古典劇に登場する「コロス」=“集団で歌う人々”を指す言葉に由来しています。コロスは、劇中で登場人物が語りきれない物語の背景や要点を合唱の形で伝え、時には全知全能(神)の視点から物語の教訓やテーマを解説、観客を劇中へと引き込む役割を担っていました。古代ギリシャでは、集団となった歌声は群衆を動かし、一つの方向へ導くパワーを生むと信じられていたのでしょう。

最近IT国家として注目されているエストニア共和国には、合唱が人を動かし、国を動かした歴史があります。人口約132万人※のこの小国は、さまざまな隣国からの支配を経て第一次世界大戦末期に独立したものの、第二次世界大戦中に再びソビエト連邦(当時。以下ソ連)に併合されてしまいます。その後ソ連の民主化とともにエストニアの独立回復運動も広がりますが、ゴルバチョフ政権(当時)がそれを許しません。1990年、ソ連軍を後ろ盾とする反対派と、エストニア市民から成る独立派が一触即発というその時・・・どこからともなくエストニア民謡が。歌声は重なり合いながら次第に高まり、反対派は合唱に背中を押されるようにその場を後にしたというのです。これは合唱が暴力を遠ざけた象徴的な出来事として、当時の人々に記憶されています。

※2019年1月現在(出典:外務省)。

「ぱっと咲いてぱっと散る」美学

「桜」の画像

厳しい冬を乗り越えて花を咲かせ、あっという間に散ってしまう桜と、練習に練習を重ね本番を迎えても一瞬で終わってしまう合唱に共通する“潔さ”の美学。

合唱は、「聴く人」の心に強く訴えかけ、時に戦意喪失させる力もあるようですが、「歌う人」にも大きな影響を与えます。合唱は決められた曲と求められるパートに一人一人が主体的に取り組む必要があるとともに、他の人と音程やタイミングを合わせ、美しいハーモニーを生み出す共同作業です。主体性と協調性を発揮しながら、他者と一緒に練習を重ねるうちに一体感も生まれ、いざ発表の日には達成感も味わえるでしょう。実際、人間的な成長を育む目的で合唱を学習カリキュラムに取り入れている学校や、「強いチーム」を作るために研修で合唱を行う企業や組織もあります。

振り返ってみれば、卒業式など人生の節目で、誰しも一度は合唱を経験しているのではないでしょうか。ステージに立った時の緊張感、不協和音がハーモニーになった瞬間の快感を覚えている方もいるでしょう。また、どんなに時間と労力をかけて練習しても本番は一度きり、ぱっと咲いてぱっと散る桜のような美学にも、日本人として魅力を見いだしているのかもしれませんね。

年末の「第九」は、“聴く”から“歌う”へ

「「サントリー1万人の第九」より「歓喜の歌」」の画像

3カ月余りの練習を経て、全国から集まった1万人もの合唱隊が歌い上げる「歓喜の歌」は圧巻(写真は2018年「サントリー1万人の第九」より)。

さて、話を「第九」に戻します。大阪城ホールで1983年に始まった「サントリー1万人の第九」を皮切りに、東京都墨田区が開催する「国技館5000人の第九コンサート」など、アマチュア合唱団などを募る市民参加型の「第九」が年を追うごとに広がっています。“聴く”から“歌う”へと変化した年末の「第九」イベントから、今年もたくさんのドラマが生まれているでしょう。

「サントリー1万人の第九」は大阪城築城400年を記念して、200人編成のオーケストラに、プロ・セミプロ合わせて2,000人、一般募集のコーラス6,500人、観客も合わせると1万人を超える規模で「歓喜の歌」を歌い上げるという毎日放送局から出た史上空前のアイデアに、「昔からベートーヴェンの『第九』を一度歌ってみたかった」というサントリー社長・佐治敬三(当時)がスポンサードを快諾したことで始まりました。開催直後は21世紀を迎えるまでのミレニアム企画だったものが、気づけば今年12月1日(日)で37年目。それだけ多くの人が「歓喜の歌」を合唱したい、「第九」で新しい年を迎えたいと思っている証しでしょう。

毎年6月頃になると、年末の「第九」コンサートに向けて一般の合唱団募集が始まるそうです。さあ、来年は「第九」を聴きますか? それとも、歌いますか?

【参考文献】
『響け!歓喜の歌声―ドキュメント「一万人の第九」』(CCCメディアハウス)

「ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』」のCDジャケット写真
今月の1枚

2020年に生誕250年を迎えるベートーヴェン作品の中でもひときわ人気が高い「第九」。アルバムは200種類以上も存在するというのですからびっくりです。中でも伝説的な人気を誇るフルトヴェングラーのアルバムは、永遠に語り継がれる名盤中の名盤といえそうです。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団演奏「ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』」

ウエルネスライフマガジン 2019年12月号掲載分

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