クラシックトリビア

「タンゴ」のイメージ写真

なぜかひかれる哀愁のリズム 「タンゴ」

「タンゴ」は遠い海の向こうの音楽、と思っていませんか? ドレスアップした男女の妖艶なダンスをイメージする方も多いと思いますが、意外にも、日本の音楽シーンには少なからずタンゴの影響を受けた曲が登場します。1969年にリリースされ国民的ヒットとなった童謡「黒ネコのタンゴ」や、1999年に流行した「だんご3兄弟」はまだ記憶に新しいかもしれませんね。子どもから大人まで、なぜかひかれる哀愁のリズム・タンゴの誕生と、タンゴと日本の関わりを少しだけのぞいてみましょう。

タンゴの響きが郷愁を誘う理由(ワケ)

19世紀から20世紀にかけては、人・モノ・文化の交流が進む中で、音楽がさまざまな“ジャンル”を形成していった時期です。「タンゴ」も、異なる文化を持つ複数の土着音楽が海を越え、人を介して生まれた、この時代の産物といえるでしょう。

南米屈指の貿易港を持つブエノスアイレス(アルゼンチン)と、川向かいにあるウルグアイの首都モンテビデオ。近代化に沸いた19世紀前半、この周辺には世界中から船乗りや労働者が集まっていました。酒場の女給相手にダンスで憂さを晴らす日々の中で、いつからかキューバの水夫が持ち込んだ「ハバネラ」という音楽と、アフリカから労働力として連れてこられた黒人たちの音楽「カンドンベ」がこの地で出合い、「タンゴ」の原型が誕生したのです。

「タンゴ発祥の地」の画像

「ハバネラ」は“ハバナ※風”という意味ですが、もとはイギリスの民族舞曲。田舎風のダンス音楽が、フランス、スペインを経てラテンの激しいリズムを帯び、キューバで「ハバネラ」としてブレイクしました。一方「カンドンベ」は、アフリカの宗教儀式などに用いられる、数種類の打楽器を打ち鳴らすテンポの速い複雑なリズム。これらの音楽が遠く離れた南米の港町で混然一体となり、故郷へのノスタルジーを映した「タンゴ」の響きとなったのです。

※キューバの首都「ハバナ」を指す。

パリの洗練をまとい、いよいよ日本へ

「目賀田男爵」の画像

幕末外交の申し子・勝海舟を祖父に持つ目賀田男爵(写真右)。タンゴに、日本近代化の光を見出していたのでしょう。
画像:日本タンゴ・アカデミー会報より

時代が変わり20世紀初め、タンゴはヨーロッパに逆輸入されパリ社交界に進出、ビートのきいたリズムで男女が密着して踊るセクシーなダンス・タンゴとして、西欧の紳士淑女を魅了しました。風紀の乱れを懸念したローマ法王より「タンゴ禁止令」が出されましたが、後により洗練され、社交ダンスとして認められるようになりました。

日本へは、パリに遊学した目賀田(めがた)綱美という一人の青年男爵により1926年に広められます。ワルツやタンゴが踊れることは“教養の証し”と考えた目賀田男爵は、鹿鳴館なきあと欧米と対等な関係を築くためにも、社交術としてのタンゴを日本で普及させようと奔走したのでした。

こうして「踊るための音楽」として渡来したタンゴは、その後レコードの流通、日本人歌手によるタンゴソングの流行、戦後のラジオ普及により、「聴く音楽」としてブームに。しかしブームは去るのが時代の常、いつしか新たな洋楽(ロックやポップス)に塗り替えられていきます。

日本人のソウルソング「演歌」とタンゴの関係

ここで冒頭の「黒ネコのタンゴ」や「だんご3兄弟」に話を戻すと、これらは1950年代のタンゴブームとは関係なく爆発的ヒットを記録しました。そこには、日本人とタンゴの深い関係が・・・?

「作曲家・船村徹さん」の画像

タンゴのリズムと情念が込められた「別れの一本杉」は、戦後歌謡界を代表する作曲家・船村徹さん(写真)の出世作となった。

実は日本人のソウルソング「演歌」にも、タンゴの影響を受けたものがあります。1955年発表の「別れの一本杉」(作詞:高野公男、作曲:船村徹)は、全編4拍子(=タンゴのリズム)なのはもちろん、楽譜に「Tango調に(哀しみを、じっとこらえて)」の指示。レコードは当時50万枚を売り上げました。

その他、美空ひばりや北島三郎といった大物演歌歌手、フランク永井や石原裕次郎などムード歌謡の人気歌手のレパートリーにもタンゴのリズムが生きている曲や、曲想※自体が情感あふれる“Tango調”のものが多数あり、「歌は世につれ世は歌につれ」という時代の中でタンゴのエッセンスは日本人の脳裏に焼き付けられたのでしょう。そして今でも、ふとしたきっかけでタンゴの記憶が呼び起こされ、思いがけないヒットを生むのかもしれませんね。

※曲想・・・その曲を聴いたときに受ける印象、その曲が表している気持ちや雰囲気。

「ピアソラ」の画像

ジャズやクラシックを取り入れたピアソラ(写真)の“新しい”タンゴは、タンゴ関係者よりもむしろクラシックの作曲家によって評価され広まった。

2021年2月に始まったNHK大河ドラマ『青天を衝(つ)け』の大河紀行では、タンゴに欠かせない楽器「バンドネオン」の演奏が起用(第12話まで)され、再びタンゴが注目を浴びました。そして同年は、この楽器の魅力を世界に知らしめたタンゴ界の革命児、アストル・ピアソラ生誕100年の年。日本では、1998年にサントリーローヤル(ウイスキー)のテレビコマーシャルで彼が作曲した「リベルタンゴ」を世界的チェリストのヨーヨー・マが演奏し大ヒットしたので、“ピアソラ”の名前に聞き覚えのある方もいらっしゃるでしょう。

紆余曲折を経て日本へたどり着き、浮き沈みしながらも聴き継がれるタンゴという音楽。今までよりも少し、タンゴを身近に感じていただければ幸いです。

【参考文献】
『タンゴと日本人』(集英社新書)、『ピアソラ自身を語る』(河出書房新社)

「ヨーヨー・マ プレイズ・ピアソラ+2」のCDジャケット写真
今月の1枚

クラシック史上屈指の大ヒットを記録したこのアルバムの背景には、サントリーウイスキーのテレビコマーシャルの存在があります。代表作「リベルタンゴ」を奏でるヨーヨー・マの姿は、日本におけるピアソラブームのきっかけでした。
「ヨーヨー・マ プレイズ・ピアソラ+2」
ヨーヨー・マ(チェロ)、N・マルコーニ(バンドネオン)他

ウエルネスライフマガジン 2021年7月号掲載分

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