人物・作品・仕事

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのイラスト

コーヒー論争に一石を投じた曲 「コーヒー・カンタータ」

目覚めの一杯からはじまって、仕事のブレイクタイムや食後など、毎日の生活に「コーヒーが欠かせない!」という方は多いですよね。13世紀アラビア人によってもたらされたコーヒー飲用の風習は世界中に広まり、今ではすっかりポピュラーになりましたが、かつてはコーヒーが社会問題になった時代もあったのだとか。今回は、そんなコーヒーをめぐる問題と深く関わった偉大な作曲家と作品についてご紹介します。

ヨーロッパ人を覚醒させた、コーヒーの登場

『椿姫』のクライマックス、愛しいアルフレードの腕の中で息絶えるヴィオレッタ。(2003年藤原歌劇団公演) 画像提供 公益財団法人 日本オペラ振興会

コーヒーハウスでの活発な議論が近代文化を育んだ(17世紀)。
出典
川北稔『砂糖の世界史』岩波ジュニア新書

コーヒーがアラビアからトルコを経て、ヨーロッパへ渡ってきたのは17世紀半ばのこと。当時ヨーロッパは公衆衛生事情が悪く、人々は水の代わりにビールやワインを飲んでいました。アルコール度数の低いものでもお酒はお酒。昼間から飲んでいれば、仕事の生産性も上がらなかったことでしょう。

そこに沸騰した湯を用いて飲むコーヒーが登場。衛生問題を解消する上に「覚醒効果がある」と評判を呼び、知識階級を中心にまたたく間に人気となりました。次々とオープンしたコーヒーハウスで、人々がコーヒーを片手に政治、哲学、科学や芸術の話に夢中になったことから、ヨーロッパにおける“言論の自由”はコーヒーハウスから生まれた、とも言われています。

コーヒーは誰のもの? 過熱するコーヒー論争

鳥刺しパパゲーノとそのパートナー・パパゲーナなど、個性的なキャラクターが音楽の力でいきいきと描き出される『魔笛』。

かつてヨーロッパの女性たちは、コーヒーハウスへの出入りはおろかコーヒーを飲むこともタブーとされた。

しかし、そうしたコーヒーハウスは専ら男性のためのものでした。女性参政権が認められていなかった時代、ロンドンでは、コーヒーハウスでの政治論議から締め出された女性たちが不満をつのらせ、コーヒーに対する反対運動へと発展。コーヒーハウスは治安を乱すとして、英国王より「コーヒーハウスの営業を禁じる布告」が発令されるまでになりました。

たかがコーヒー、されどコーヒー。コーヒーをめぐる問題はドイツでも起こりました。イギリスより少し遅れてドイツに到来したコーヒーは、上流階級の嗜好品として定着したあと一般市民へと広がりますが、ここでもコーヒーハウスに出入りできるのは男性のみ。「女性がコーヒーを飲むと不妊になる」という風評まで立ち、女性のコーヒー飲用はタブーとされました。

そんなコーヒー論争に音楽で一石を投じたのが、自らも大のコーヒー好きだった大作曲家ヨハン・セバスティアン・バッハ。さて、バッハはコーヒーでどんな曲を作ったのでしょうか。

誰も、コーヒーをやめさせることはできない!?

『カルメン』第一幕。魔性の女カルメンとホセの出会いのシーン。
(2004年藤原歌劇団公演) 画像提供 公益財団法人 日本オペラ振興会

ドイツのカフェ・バウム博物館に展示されているJ.S.バッハ手書きの「コーヒー・カンタータ」の楽譜。

Photo: By kind permission of Leipzig Tourismus und Marketing GmbH.

女性をコーヒーから遠ざけようとする社会を風刺した詩に、バッハが曲をつけた「おしゃべりはやめて、お静かに」。別名「コーヒー・カンタータ※」は、コーヒーにぞっこんの若い娘と、コーヒーをやめさせたい父親の絶妙なやりとりが楽しい一曲。

「千のキスより愛おしく、マスカットから作ったワインよりはるかに甘い!」とコーヒーにうつつを抜かす娘に、父親は「コーヒーをやめないならば結婚させない」と迫ります。夫が欲しい娘は、しおらしくコーヒーを諦めるふりをしながら、「いつでも好きなときにコーヒーを飲ませてくれる夫を探せばよい」と心の中で舌を出します。どんなに止められても「コーヒーはやめられない」という当時の女性の気持ちを代弁しているかのようですね。

この曲は、バッハ指揮のもと、市民や学生から結成されたコレギウム・ムジクムという音楽団体により1734年にライプツィヒ(ドイツ)のコーヒーハウスで初演され、大変な評判を呼びました(この曲が女性にコーヒーを解放するキッカケになったかどうかは定かではありませんが…)。

※カンタータ・・・楽器による伴奏つきの声楽作品。

さあ、熱いコーヒーが恋しくなってきましたか? いれたての一杯とバッハの「コーヒー・カンタータ」で、昔の人々が集い、夢や理想を語り合ったコーヒーハウスの喧騒に思いをはせてみてはいかがでしょう。

【参考文献】
『コーヒーの歴史』(河出書房新社)、『<食>から読み解くドイツ近代史』(ミネルヴァ書房)、『バッハ事典(全作品解説事典)』(東京書籍)、『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)

J.S.バッハ:鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン演奏「コーヒー・カンタータ&結婚カンタータ」のCDジャケット
今月の1枚

「コーヒー」と「結婚」という、とても身近な題材をテーマに書かれたバッハの世俗カンタータ。当時の社交場であったコーヒーハウスでこの手の曲を引っさげてライブを行っていたというバッハのバイタリティは凄い!
J.S.バッハ:鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン演奏「コーヒー・カンタータ&結婚カンタータ」

ウエルネスライフマガジン 2017年7月号掲載分

インフォメーション