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「ロッシーニ」のイメージ写真

音楽と美食の神に愛された 「ロッシーニ」

レストランなどで、「〇〇のロッシーニ風」というメニューを目にしたことはありませんか? 実はこの名前、19世紀はじめに絶大な人気を誇ったオペラ作曲家ジョアキーノ・ロッシーニ(1792~1868年)が由来となっています。「トリュフを初めて生で食べた」という逸話があるほど食への興味や探求心が強く、自他共に認める美食家だったロッシーニ。今回は、ロッシーニの作曲家と美食家、2つの顔に迫ります。

機知とユーモアに富んだオペラで一躍人気者に

ロッシーニが生まれたのは、アドリア海に臨むイタリアの小都市ペーザロ。7歳のときに教会に忍び込みミサ用のワインを飲み干してしまうなど、悪童で知られた幼少時代でしたが、歌手だった母親から受け継いだ美声でまずは歌手としての才能を認められ、その後作曲で頭角を現し、18歳でベネチアの歌劇場から依頼を受けオペラ作曲家としてデビューしました。機知とユーモアに富んだロッシーニのオペラは徐々に人気が高まり、また、天性の社交的な性格で訪れる町という町で歓迎され、20代でイタリア全土にその名が知れ渡りました。

そしてロッシーニ24歳のとき、ローマで初演を迎えた『セビリアの理髪師』が大評判となり、当時ヨーロッパ文化の中心地だったオーストリア・ウィーンでも上演されました。軽快で、陽気なイタリアの太陽そのもののロッシーニのイタリア・オペラに、感度の高い、洗練されたウィーンっ子たちもたちまち虜(とりこ)に。30歳でウィーンの劇場の音楽監督を務めるまでになります。

「ロッシーニが生まれ育ったイタリア」の図

華やかな晩さん会の日々。そして突然の引退

「『セビリアの理髪師』 人物相関図」の画像

美しい女性に一目ぼれした純粋な青年(伯爵)の恋を成就させようと理髪師のフィガロが奮闘する『セビリアの理髪師』。

ここウィーンで、ロッシーニは憧れの音楽家のひとりベートーヴェンと対面します。ベートーヴェンはロッシーニの作品を「素晴らしいオペラ・ブッファ※」とたたえ、その才能も評価していますが、同時に彼の音楽を「時代の求めに応じた大衆娯楽」として、芸術を堕落させる一因とも考えていたようです。

こうしたベートーヴェンの主張は、ロッシーニの耳にも届いていたでしょう。ロッシーニ自身は、権力にあらがい孤独と闘いながら音楽の芸術性を追求するベートーヴェンを崇拝していました。しかしロッシーニは時代に反逆する芸術家としてよりも、時代の寵児(ちょうじ)として求められる音楽を作り、華やかな晩さん会の日々を送る人生を選んだのです。そして、ひとつの成功に安住することなく次から次へと新作を発表し、パリ、ロンドンと活動範囲を広げ、彼を取り巻く熱狂はますます高まっていきました。ところが37歳のとき、突然オペラの筆を折ります。人気作曲家で居続けることへのプレッシャーに耐えかねたのか、流行音楽を作ることへの音楽家としての葛藤か。ロッシーニは沈黙したまま、表舞台から姿を消しました。

※オペラ・ブッファ・・・イタリアのナポリで生まれた、日常的な人間の姿を描く喜劇的なオペラ

人気オペラ作曲家の第2の人生

「牛ヒレ肉のロッシーニ風」のイメージ画像

フォアグラとトリュフをぜいたくに組み合わせた「牛ヒレ肉のロッシーニ風」。

画像提供:Lyon de Lyon

しかしロッシーニ引退の最も有力な説は、“美食の追求”であったとされています。現役時代から食通として名の通っていたロッシーニが、後半生の生きがいにしたのは“食”。裕福な家の出ではなかったロッシーニは、オペラの作曲で交流した王侯貴族たちとの宴席で美食に目覚め、大成してからは「トリュフはイタリア・ピエモンテの白、パスタならナポリ産」と、こだわりの品々を取り寄せていたとか。そして料理が時として外交上の重要な役割を果たすように、ロッシーニの美食志向もまた、その後の彼の社交に大きな意味を持ちます。

拠点をパリに置いたロッシーニは毎週土曜にサロンを開き、名士や知識人たちに美食と音楽を振る舞いました。サロンに招かれることはセレブの証しであり、そこで繰り広げられる宴席の様子はパリ社交界の注目の的に。これにより事実上オペラ界から引退した後も、ロッシーニの“食通作曲家”としての評判は生き続け、(肥満による健康上の問題には終始悩まされていましたが)孤独や貧窮とは無縁の生涯を送ったと伝えられています。

晩年のサロンでは、「やれやれ! 小さなえんどう豆よ」や「ロマンティックな挽き肉」など、食材にちなんだ洒落(しゃれ)たタイトルの小曲が演奏され、「老いの過ち」と題したアルバムに収められています。作曲家としての代表作『セビリアの理髪師』や『ウィリアム・テル』と同時に、美食家となってもちゃめっ気たっぷりのロッシーニの魅力がつまったこうした作品も、ぜひ聴いてみてください。

【参考文献】
『ロッシーニと料理―オペラを作曲した美食家の生涯・逸話・音楽・書簡・料理』(透土社)

「ロッシーニ序曲集」のCDジャケット
今月の1枚

ロッシーニを得意としているアバドのセンスが光る、天才ロッシーニの魅力満載の1枚です。彼の名を一躍有名にした『セビリアの理髪師』から最後のオペラ『ウィリアム・テル』まで、有名なメロディーをたっぷりお楽しみください。
ロッシーニ:クラウディオ・アバド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団「ロッシーニ序曲集」

ウエルネスライフマガジン 2018年12月号掲載分

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