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「愛を奏でる音楽家たち」のイメージ写真

あふれる想いを音楽にのせて 「愛を奏でる音楽家たち」

古今東西、名画にまつわるさまざまな謎やストーリーがあるように、名曲にも、たくさんのエピソードがあります。中でも、愛を伝える作品はとてもロマンチック。秋が深まり人恋しくなるこの季節、名曲に込められた3つの愛の物語をお楽しみください。

クリスマスのサプライズ「ジークフリート牧歌」

「コジマとリヒャルト・ワーグナー」のイメージ画像

ワーグナーの芸術観は音楽界のみならず、19世紀後半の人々の思想に多大な影響を与えた。コジマはワーグナーを深く理解し、彼の死後もその芸術を後世に伝えるため尽力した。

一つ目は、ドイツ・オペラの頂点に立つ作曲家リヒャルト・ワーグナーと、妻コジマの物語。二人の出会いは、コジマの父であり偉大なピアニスト・作曲家のフランツ・リストが催した晩さん会(1853年)でした。反体制運動に関わり亡命中だったワーグナーは、先駆的な音楽論や未来の芸術を熱く語る40歳の革命家。当時コジマは10代の内気な箱入り娘でしたが、ワーグナーと出会ったその時こそが「自分の真の誕生の瞬間だった」と日記に残していました。

その後二人が結ばれるまでには長い年月が流れます。心の通わぬ結婚生活を送っていたコジマは、ワーグナーの作品『トリスタンとイゾルデ』の中に理想の愛の形を見いだし、彼の作品や、彼自身を求めるように。また、過激な言動ゆえに人々の喝采と憎悪の間で漂流していたワーグナーの魂も、コジマという安息所を見つけるのです。そして1870年、二人はついに夫婦となりました。

結婚翌年のクリスマス(コジマの誕生日でもある)の朝、すてきなサプライズが起こります。オーケストラのメンバー15人がコジマの寝室に通じるらせん状の階段に腰掛け、ワーグナー指揮のもと「ジークフリート牧歌」の演奏が届けられたのです。それはワーグナーからコジマへの、息子ジークフリートを産んでくれたことへの感謝と愛の贈り物でした。

困難を乗り越えた先にあった幸せ「愛のあいさつ」

「「愛のあいさつ」1899年版の楽譜の表紙」の画像

身分の違いや年の差を乗り越え愛するアリスと婚約した際に贈られた「愛のあいさつ」(画像は1899年版の楽譜の表紙)。

名前を聞いてもいまひとつピンとこない方も多いかと思いますが、「威風堂々」や「愛のあいさつ」といった曲はおそらく耳にしたことがあるでしょう。それらを作曲したエドワード・ウィリアム・エルガーと、妻アリスが共に力を合わせて運命を切り開いたお話です。

階級制度が色濃く残る19世紀のイギリスで、楽器商人の息子として生まれたエルガー。貧しかったこともあり、ほぼ独学でピアノや弦楽器、作曲を学びます。しかし英国国教会が主流の当時のイギリスにおいて、ローマ・カトリックを信仰するエルガーに公的な機関などでの安定した音楽の職はなく、街のオーケストラで演奏したり、音楽教室で教えたりして生計を立てていました。そこへピアノのレッスンに訪れたのが、上流階級育ちで自らも女流作家として自立した8歳年上の女性アリスです。二人はほどなく恋に落ちますが、周囲は猛反対。現代でもかなりの格差婚かと思われますが、アリスは彼を信じて結婚します。その後アリスの助けもあり才能を開花させたエルガーは、数々の大作を世に送り出し、その功績をたたえられ、晩年「准男爵」の位を授けられるまでに。その時すでにアリスは他界していましたが、これは二人で勝ち取った名誉でした。

婚約時代、まだ無名のエルガーがアリスに贈った「愛のあいさつ」。この作品は、世間の雑音などものともしないアリスの強い愛に応えた、エルガーからの愛のメッセージなのでしょう。

恋の喜びも悲しみも包み込む「月光」

「郊外(オーストリア・ウィーンの1地区)の散歩道」の画像

難聴に絶望し、恋にも破れたベートーヴェンが心身を癒やした郊外(オーストリア・ウィーンの1地区)の散歩道にはその名が刻まれている。

最後にご紹介するのは、楽聖ベートーヴェンの悲恋のエピソード。人付き合いが苦手な気難し屋で知られるベートーヴェンですが、意外と恋多き人生だったようです。1792年、22歳でウィーンにやってきたベートーヴェンは卓越したピアノの即興演奏で社交界をとりこにし、30歳を待たずに「巨匠」と呼ばれるまでに。そして31歳の時、運命的な恋に落ちます。

「僕の青春はいま始まったばかりだ!」と幼なじみに手紙で知らせるほど夢中になったお相手は、作曲や演奏活動の傍らピアノを教えていた17歳の伯爵令嬢ジュリエッタ。若く美しいジュリエッタからの好意は、社会的成功の裏で難聴という恐怖と闘っていた彼に至福の時をもたらしたでしょう。歴史が語る通りこの恋はハッピーエンドとはなりませんでしたが、ベートーヴェンの死後発見された“不滅の恋人”への恋文のお相手がジュリエッタであるという説もあり、彼女が一時期ベートーヴェンのミューズであり、創造の泉だったことは間違いありません。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でもとりわけ美しく叙情的な「月光」は、“若い伯爵令嬢に”という献辞とともにジュリエッタに贈られた曲。若きベートーヴェンの、ジュリエッタへのあふれる想い、報われなかった恋の切なさは美しい調べとなり、200年の時を越えてなお生き続けています。

言葉にならない気持ちを音楽で伝えるなんて、すてきですよね。あなたが好きな音楽を聴かせたい人は、誰ですか?

【参考文献】
『リヒャルト・ワーグナーの妻 コジマの日記〈1〉』(東海大学出版会)
『音楽家の家 名曲が生まれた場所を訪ねて』(西村書店)
『遥かなる恋人に ベートーヴェン・愛の軌跡』(筑摩書房)

「「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集(1)悲愴&月光」河村尚子(ピアノ)」のCDジャケット
今月の1枚

2020年はベートーヴェンの生誕250周年で盛り上がること必至のクラシック界。そのブームを先取りするためにも聴いておきたいのがピアノ・ソナタの名作です。ロマンチックな「月光」と、激しさと優しさを併せ持つ「悲愴」をぜひご堪能ください。
「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集(1)悲愴&月光」河村尚子(ピアノ)

ウエルネスライフマガジン 2019年11月号掲載分

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