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「ベートーヴェンの交響曲がすごい!」のイメージ写真

メモリアル企画 「ベートーヴェンの交響曲がすごい!」

ベートーヴェン生誕250周年にあたる2020年、クラシック界は国内外を問わず記念イベントが目白押し。ベートーヴェンの代表作品といえば、「ジャジャジャジャーン!」の冒頭があまりにも有名な交響曲第5番「運命」(以下「運命」)でしょうか。ピアノ曲やオペラ、宗教音楽などあらゆるジャンルで才能を発揮したベートーヴェンですが、中でも交響曲の歴史に残した足跡は計り知れないものがあります。今回は、その一端をご紹介しましょう。

ハイドンが作り、モーツァルトが洗練させた交響曲

森鴎外は翻訳家としても高名で、代表作にゲーテの『ファウスト』やアンデルセンの『即興詩人』などがある。

文京区立森鴎外記念館蔵

18世紀に起こった産業革命はヨーロッパ中の富や権力を分散させ、多くの中産階級を生み出しました。それまで教会や宮廷が独占していた「音楽の楽しみ」が一般市民へも広まり、各地でコンサートホールが開設。大勢の聴衆に向けたダイナミックな音楽が求められ、舞台下でオペラやバレエの引き立て役として演奏していたオーケストラが舞台の「主役」に躍り出たのです。こうして誕生したsymphony(シンフォニー。sym“共に”+ponia“響く”というギリシア語に由来)。これを「交響曲」と邦訳したのは文豪・森鴎外だそうです。

交響曲の多くは4楽章から成り、急→緩→急→フィナーレと展開しますが、この基本形を作ったのが、生涯に100以上の交響曲を書き「交響曲の父」といわれるハイドン。それを洗練させたのが、35年という短命ながらおよそ40もの交響曲を残したモーツァルトです。一度に複数の楽器を用い、音符を緻密に積み上げ、楽章で起承転結を構成する・・・理系脳と文系脳、知性と感性を総動員する交響曲の作曲は、恐らく人類の成しうる最も高度な仕事のうちの一つであるに違いありません。

交響曲に見るベートーヴェンの革命

「低弦群の低音」のイメージ画像

「運命」の第3楽章では、低弦群の低音が曲に緊張感を与え、重厚な効果をもたらしている。

さて、いよいよベートーヴェンの登場です。彼が生涯に作った交響曲はたったの9曲。しかしその9曲の中で、後世に大きな影響を与えるさまざまな革命を起こしました。ハイドン、モーツァルトまでの交響曲は「耳に心地よく均整の取れた音楽」という印象ですが、ベートーヴェンの交響曲は、時に荒々しく、時に優しく、ドラマチックで表情豊か。特に第3番「英雄」以降はホルンやトロンボーン、ファゴットなど管楽器が積極的に採用され、弦楽器中心に組み立てられていたそれまでの交響曲とは違った華やかさ、幅の広がりが感じられます。

また、楽器の性能を知り尽くしたベートーヴェンは、オーケストラの中でも脇役で目立たない存在だったチェロやコントラバスといった低弦(低い音域の弦楽器)群に主役級のポジションを与え、低音の新たな魅力を世に知らしめました。後にチェロの協奏曲などが盛んに書かれるようになったのは、こうした功績によるものと思われます。さらにベートーヴェンは交響曲に“ストーリー性”を与えることで、人々の心を揺さぶり、感情を翻弄(ほんろう)するような音楽を作り上げたのです。

希代のストーリーテラー

「運命の苦悩」のイメージ画像

「運命」の作曲を通して、ベートーヴェンは自らに課せられた運命の苦悩から抜け出すことはできたのか?

「運命はこのように扉をたたく」。闇を引き裂く閃光(せんこう)を思わせる冒頭部分についてベートーヴェンがこのように説明したことから、交響曲第5番は「運命」と呼ばれるようになったと伝えられています。激しく葛藤する第1楽章から一転、穏やかなアンダンテ コン モート(気楽にゆっくりと)、再び不安をあおるようなスケルツォ(“滑稽”という意味もあるテンポの速い曲で、ベートーヴェンが交響曲に初めて取り入れた)へ。最終楽章は、色彩豊かな管楽器の響きで一気に歓喜の絶頂へと駆け上ります。この時ベートーヴェン37歳。難聴が進み、経済的にも追い詰められていたベートーヴェンが、まるで自らの運命の闇から再び光を見いだすまでの壮大なドラマを見るようです。

見事な構成で「闇から光へ」と聴衆をいざない、もはや「運命」を超える傑作は現れまいと思われていた16年後の1824年、ベートーヴェンは最後の交響曲となる「第九」(交響曲第9番〈合唱付き〉)を完成。第4楽章に「人間の声」を取り入れた斬新さもさることながら、第1楽章から巧妙に張り巡らされた旋律の伏線がクライマックスの「歓喜の歌」(合唱部分)を爆発的に盛り上げ、高らかに響く友愛に満ちた歌声で聴衆は至上の歓びに包まれ・・・以来200年近くにわたり、「第九」は数々の平和の祭典や歴史的イベントで演奏され、日本においてはそのコンサートが年末の風物詩となるほど愛されるようになりました。

スケールの大きな交響曲はクラシック音楽の花形。ベートーヴェン・メモリアルイヤーの今年、ぜひコンサートホールへお出掛けいただき、運命の作品(交響曲)に出合ってください。

【参考文献】
『交響曲入門』(講談社選書メチエ)
『オーケストラの音楽史 大作曲家が追い求めた理想の音楽』(白水社)
『3日でわかるクラシック音楽』(ダイヤモンド社)

「アンドリス・ネルソンス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団「ベートーヴェン:交響曲全集」」のCDジャケット
今月の1枚

“人類の遺産”とでもいうべきベートーヴェンの交響曲全9曲を、サントリーホールでもおなじみの話題の指揮者アンドリス・ネルソンスが録音したアルバムは聴き応え十分。楽聖ベートーヴェンの真髄をぜひご堪能ください。
 アンドリス・ネルソンス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団「ベートーヴェン:交響曲全集」

ウエルネスライフマガジン 2020年1月号掲載分

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