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「ツァラトゥストラはかく語りき」のイメージ写真

哲学から生まれた音楽 「ツァラトゥストラはかく語りき」

『ツァラトゥストラはかく語りき』―舌をかみそうなこのタイトル、哲学好きの方にはおなじみのニーチェの名著ですが、同名のクラシック曲があることをご存じですか? タイトルでピンとこなくても、映画『2001年宇宙の旅』のオープニング曲といえば、思い出していただける方も多いのでは。今回は、難解なニーチェ哲学がどんな音楽に生まれ変わったのか・・・? 時代背景も合わせて、少しだけ探ってみましょう。

救世主か、危険思想か

「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ」の画像

20世紀以降の文学や哲学などに多大な影響を与えた哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844~1900年)のポートレート。

ドイツの哲学者ニーチェが活躍した19世紀後半。経済の合理化と科学技術の発展で、ヨーロッパはかつてないにぎわいを見せていました。市民は豊かさを享受する一方、近代国家を自負する政府からは常に理性的なふるまいを強いられ、また、民族間の小競り合いが絶えない日常には、目に見えない緊張が漂っていました。

こうした社会の閉塞感にニーチェは敏感に反応し、理性で管理された社会は“虚構のユートピア”だと主張。「神は死んだ」という有名な言葉とともに、宗教や時代の精神といったものにしがみつくのではなく、自らの意志で「どう生きるべきか」を考えよ、と声を上げました。『ツァラトゥストラはかく語りき』は、そんなニーチェの思想が主人公“ツァラトゥストラ”※を通して寓話(ぐうわ)形式で語られる本です。ところが、神(キリスト教)こそが絶対的な存在であり、信仰こそが“人間の証”であるとする政府や学術界からは、厳しい批判を浴びたのでした。

現在では熱狂的なファンも少なくないニーチェですが、彼の生きた時代には受難の日々だったようです。

※ツァラトゥストラとは、ゾロアスター教の開祖の名前をドイツ語読みしたもの。

芸術は、ときに哲学のよき理解者だった

「リヒャルト・シュトラウス」の画像

交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が作曲される少し前、30歳ごろのリヒャルト・シュトラウス(1864~1949年)。

しかし、当時としては過激なニーチェ哲学も、一部の芸術家たちには受け入れられていました。ドイツオペラの巨匠ワーグナーは、芸術の産業化や、人間を機械とみなす近代文明を批判した音楽界の哲学者であり、ニーチェとは演劇や哲学で議論を交わし、一時期は頻繁に交流していたようです。

そしてもう一人、自らもミュンヘン大学で哲学を学んだリヒャルト・シュトラウス(以下、R.シュトラウス)こそが、『ツァラトゥストラはかく語りき』を交響詩※にした作曲家です。

R.シュトラウスは、60年以上にわたる長いキャリアの中でマルチな才能を開花させ、さまざまな作風で革新的な作品づくりに挑戦しました。彼の手にかかれば、雄大な自然もギリシャ悲劇も、子どものいたずらや夫婦喧嘩も、そして哲学さえも、美しい音楽になったのです。

※交響詩・・・文学や絵画など音楽以外の想念が加えられた、管弦楽による音楽形式

象徴的なメロディーが繰り返される面白さ

R.シュトラウスは、ニーチェの思想が詰まった『ツァラトゥストラはかく語りき』全4部、80もの章の中から触発された9つの章を選び、独自の解釈で音楽にしました。本からのインスピレーションが、緻密な楽曲構成の上に美しい音楽で展開されています。

耳を澄ますと、序章で示される「自然」を象徴するメロディー「ド・ソ・ド」が、後に続く楽章の中で繰り返されるのが聞こえてきます。この「自然」のメロディー「ド・ソ・ド」が9章のうち7章に現れてきますので、探しながら聴いてみるのも面白いでしょう。

「交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」楽曲構成」のイメージ図

2020年前半は、社会の価値観をも変えてしまうような非常事態の中、私たちの日常生活を左右するさまざまな情報が飛び交いました。何を信じ、どう行動するかを問われることも多かったように思います。こうした混迷の時代にこそ、世界とどう向き合うかを学ぶ哲学と、感性を磨いてくれる音楽(芸術)が、役立ってくれるのかもしれませんね。

【参考文献】
『リヒャルト・シュトラウス:鳴り響く落日』(春秋社)
『人類の知的遺産〈54〉 ニーチェ』(講談社)
『ツァラトゥストラかく語りき』(河出文庫)

「カラヤン指揮、ウィーン・フィル演奏「R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯/ドン・ファン他 限定版」」のCDジャケット
今月の1枚

カラヤンとウィーン・フィルによるこのアルバムには、「ツァラトゥストラはかく語りき」や「ドン・ファン」など、R.シュトラウスの代表曲が満載。しかも前者は、映画『2001年宇宙の旅』に使われた音源そのものというのも魅力的です。
カラヤン指揮、ウィーン・フィル演奏「R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯/ドン・ファン他 限定版」

ウエルネスライフマガジン 2020年7月号掲載分

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