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「チャイコフスキーの“愛される理由”」のイメージ写真

深読み!「チャイコフスキーの“愛される理由”」

元エリート官僚という異色の経歴でありながら、万人に愛されるメロディーを次々と生み出したロシアの天才音楽家チャイコフスキー。キャッチー(耳に残る、覚えやすい)な旋律でテレビコマーシャルに起用されることも多いので、知らず知らずのうちに耳にしている曲も。世界中でロングランを続けるバレエ『白鳥の湖』の音楽も、チャイコフスキーの代表作のひとつです。生誕180周年にあたる今年、チャイコフスキーの音楽が時代を越えて聴き継がれる理由を探ってみたいと思います。

将来を約束されたキャリアを捨て、音楽の道へ

「チャイコフスキー」の画像

家庭教師から「ガラスのような子ども」と呼ばれていたチャイコフスキー。作品からもその繊細さが感じられる。

白いひげと広い額が目立つピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~1893年)の肖像画(右図)。さぞかし高齢まで活躍したのかと思いきや、53歳という若さでこの世を去りました。死因は当時流行していたコレラ感染によるもの(諸説あり)。実は彼の母親も1854年にコレラで命を落としており、現代のコロナ禍を思わせる感染症の恐怖が当時の社会を覆っていたのです。

母親の死の前年には、宗教対立を火種とした大規模な戦争(クリミア戦争)が勃発。当時10代のチャイコフスキーは大きな悲しみと混乱の中で、「音楽」に癒やしを求めました。法律学校に学び、官僚を目指してからも、オペラや音楽会へ通っては感動に体を震わせていたのです。その矢先、ロシア初の音楽院設立を知ったチャイコフスキーの運命は急転回。将来を約束されたキャリアを捨て、音楽家というイバラの道へ踏み出しました。

「天命が示している道を歩みたい」と、音楽家へ転身したチャイコフスキー。恐怖や不安、絶望から自らの魂を救ってくれた「音楽の力」を、今度は世の人々へ伝えていくことを使命と考えたのでしょうか。

美しい、だけじゃない。『白鳥の湖』が心をつかむワケ

チャイコフスキーにとって、音楽は困難な時代を生き抜く術(すべ)でした。そんな彼が目指したのは、「芸術の神に仕える」ことではなく、「人々を癒やし、幸せにする」音楽家になることだったのではないかと思います。ゆえに、人間の喜怒哀楽の感情を揺さぶる分かりやすさもあり、そこだけ強調して語られることもあります。しかしもう一歩踏み込んでみると、チャイコフスキーの作品づくりにかけた“技”が見えてくるのです。

甘美なメロディーとバレリーナの愛らしい踊りにうっとりと時の経つのも忘れてしまうバレエ『白鳥の湖』。しかし、私たちがそうした魔法にかかるのは、チャイコフスキーの並々ならぬ研究と緻密な計算があったからなのです。

『白鳥の湖』では、音楽が登場人物のキャラクターにも影響を与えています。王子様はニ長調、オデット姫はイ短調、王子と姫の仲を引き裂く悪役ロットバルトはヘ短調、というように、音の調性で見事に役柄を際立たせています。また、話の展開を左右する重要な場面と、単に踊りを見せたい華やかな場面の音楽では、フラット(♭)とシャープ(♯)を巧妙に使い分け、見て(聴いて)いる私たちが自然と舞台に没入できるような工夫がちりばめられているのです。美しい音楽も、考え抜かれたロジックに支えられて初めて私たちの心に響くのでしょう。

「『白鳥の湖』の役柄を際立たせる音調(音の高低や調子)のちがい」のイメージ図

今こそ聴き直したいチャイコフスキー作品

「メック夫人」の画像

パトロンと音楽家という関係で14年間文通を重ねたメック夫人(上図)とチャイコフスキーだが、ついに一度も会うことはなかったといわれている。

長年チャイコフスキーの経済的・精神的支えとなった大富豪の未亡人・メック夫人が語ったところによると、チャイコフスキーの音楽を聴くと「心がすっと軽くなり、自然と涙があふれてくる」のだそう。

音楽の専門的なことは分からなくても、チャイコフスキーが人々の心に寄り添い、新たな活力をもたらそうと密やかな努力を重ねていたことが想像できます。そうしたつくり手の意図のカケラを感じ取るだけでも、また違った感動が生まれてくるのではないでしょうか。

ロシアのある声楽家は、「ありきたりな感傷に寄りかかった歌い方では、チャイコフスキーの表面的な美しさしか伝わらない」と語り、また、「チャイコフスキー作品の真の価値を理解するには、年齢を重ねる必要がある」とも言及しています。

子どものころに聴いた『白鳥の湖』はキラキラと美しい音楽だったけれど、人生の経験を積んだ今こそ、チャイコフスキーを聴き直してみる価値があるかもしれません。華麗な音楽の向こうにある、これまで聴こえてこなかったチャイコフスキーの悲哀や憂いが発見できるかもしれません。

【参考文献】
『チャイコフスキイ- カラー版作曲家の生涯』(新潮文庫)

「テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカエテルナ管弦楽団「チャイコフスキー:交響曲第6番ロ長調 作品74『悲愴』」」のCDジャケット
今月の1枚

カラヤンとウィーン・フィルによるこのアルバムには、「ツァラトゥストラはかく語りき」や「ドン・ファン」など、R.シュトラウスの代表曲が満載。しかも前者は、映画『2001年宇宙の旅』に使われた音源そのものというのも魅力的です。
テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカエテルナ管弦楽団「チャイコフスキー:交響曲第6番ロ長調 作品74『悲愴』」

ウエルネスライフマガジン 2020年11月号掲載分

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