脳科学・健康科学から考察する「実感年齢」
実年齢より若々しい人もいれば、老けて見える人もいます。年齢を重ねるほど、その差は広がる一方です。何が違い、どんな理由でその差が生まれるのか? 京都橘大学健康科学部教授の兒玉隆之先生に、脳科学や健康科学の見地から、若々しく生きるヒント=「実感年齢」についてお聞きしました。
兒玉 隆之
1992年国立療養所福岡東病院附属リハビリテーション学院卒業後、理学療法士として脳神経障害患者のリハビリテーションに従事しながら、久留米大学大学院医学研究科を修了(博士(医学))。現在は、京都橘大学健康科学部教授および久留米大学高次脳疾患研究所研究員を務める。専門である神経生理学およびリハビリテーション科学領域の立場から、脳波解析を主なツールとし人の「脳内機能ネットワーク」や「こころとからだの健康」の解明に取り組んでいる。近年は、応用脳科学の視点から脳波による情動可視化の研究にも取り組んでおり、自動車や化粧品会社などとの企業共同研究も行っている。日本ヘルスプロモーション理学療法学会理事・評議員。著書・共著に『神経・生理心理学』、『Neurological Physical Therapy』などがある。
あなたの想像どおり?約1万人に聞いた年齢イメージとは
分析!「実感年齢」が若い人ってどんな人?
あなたの出身地は何位?
全国「実感年齢」ランキング「実感年齢」の決め手となる要因とは?
キーワードは"自己効力感" 。心とからだを相乗的に充実させていくこと。
私は脳科学・健康科学という学問の視点立場から、人が年齢を重ねても長く健康で若々しくいるためには何が必要かを考えています。私が考える「実感年齢」とは、"心(脳)とからだ(身体機能)の状態の相互関係から感じられる年齢"と捉えています。ここでいう心とは記憶力や注意力といった認知機能ではなく、"自己効力感"や幸福感といった主観的な心の状態を指します。
自己効力感とは、いわゆる"自信"のようなものを意味し、自己効力感が低下したり加齢とともに欠如してしまったりすると、運動や外出も避けるようになりがちです。心は元気でも膝が痛ければ衰えを感じ、逆にからだが元気でも心が元気でないと自己効力感は低下してしまいます。心とからだのどちらか一方でも不具合を感じると「やりたくない」「やりたいことができない」という感覚が生じ、自己効力感へ影響を及ぼしてしまうのです。心とからだは分離できるものではなく、両者を融合し、相乗的に充実させていくことが、若くあるために最も重要なのではないかと考えています。
また、心とからだの状態は自身の主観的な評価だけで決まってしまうものではなく、例えば、他者から容姿やファッションを褒められる、スポーツジムで「今日も頑張っていますね」と指導者や仲間から声をかけてもらう、といったいわゆる客観的な評価によっても変化します。さらに、お孫さんの面倒をみたり、仕事といった社会的な役割があったりすることによっても実感年齢は変化するものと思われます。
自己効力感を高める秘訣とは?
小さな目標の達成と積み重ねが"成功体験" に。
アルバート・バンデューラという有名な心理学者がいたのですが、彼は自己効力感に影響する4つの要因を挙げています。それは、1:成功体験 2:代理体験 3:言葉による社会的説得 4:生理的要因です。中でも特に重要なのが1つ目に挙げた積極的な経験による成功体験だといわれています。
日常の中で成功体験を得るために必要なことは、必ずしもなにか大きなことを成し遂げるということではなく、むしろ小さな、体現しやすいゴールを打ち立てることが重要です。例えば、日頃、週に3000歩しか歩いていない人が今週は6000歩行こうと目標を立て、それを達成できたとなると、これは自身にとって大きな自信になります。このような積み重ねと自信が、自分の実感年齢に影響を与えてくるのだろうと思います。私の母親がまさにその例で、もともと膝が悪い人だったのですが、高齢となっても社会的な役割を担うことで自己効力感を高め、膝の痛みが軽減していく現象を目の当たりにしました。気持ちを高く持つことで体もうまく働き、体が動けば心も充実するという相乗作用の中で、母は成功体験を体現したと思います。人は喜びややりがいがあると、動きや行動が変わってくるものなのです。
「実感年齢」が実年齢よりも
高くなりがちな要注意期とは?
コロナ禍や定年後。からだより心の方が変化への対応が難しい。
自己効力感を高めるために必要なことが、人との結びつきや他者を通じて自身を考えることを前提とするのであれば、人と接することが難しいコロナ禍などは要注意期と言えます。人は本来、実際に会って感じる温もりや空気感といったものに情動的な反応を起こすのだと思われます。だからこそ、オンラインでのコミュニケーションが必要となった世の中において、人と人の直接的なふれ合いを日常化するという目標が意味を持つと思われます。このことは自分自身の状態を顧みるためにも重要なことです。一時期盛んになったオンラインでの飲みニケーションが衰退しつつあるのは、やはりパソコンと飲んでいるにすぎないという感覚があり、それは本当の意味でのコミュニケーションにはつながらないと感じたからではないでしょうか。
また、定年退職も実感年齢へ大きな影響を及ぼすものと思われます。あたかも社会的な役割がなくなり切り離されたような感覚を感じることで、孤独さや人生の目標を見失い、人生の幸福感や自己効力感が低下してしまいます。当然、定年で人生が終わるわけではありませんから、これからの人生を楽しく過ごすための次のステージへ向けた心の準備が必要です。
人生100年時代。実年齢よりも「実感年齢」で
生きる意義やメリットとは?
心とからだの元気が伴うことで、人生まだまだ! と自分を若く評価
自分自身を若いと評価できる。それが実年齢よりも若いということの本質だと考えると、主観的なものと人にどう見られるかという客観的なものが複雑に絡み合いながら、自分の実感年齢というものが形成されるのであろうと思います。
興味深い研究で、高齢者において、住んでいる地域のアメニティ(快適に過ごすための環境が整備されている状態)、自己効力感と密接な心の状態である「うつ」や身体・認知機能などの関連性を検討した報告があります。大都会ほどアメニティが高いためそれらが心や体への刺激となって元気で過ごせるのではないかと思われますが、この報告では、実際はそうではなく、住んでいる地域のアメニティと認知機能の高低との間には関連性がないことが明らかになりました。つまり、田舎であろうが都会であろうが、外に出ようとする外向意識や趣味などを有する人は自己効力感や認知機能が高く維持されているということです。おそらくこのような方々は、実感年齢がすごく若いのではないかと思います。社会志向的なライフスタイルを持ち実行することで、心とからだの相乗作用が強く働き、「人生まだまだ!」という気分になるのだと思います。
また、実感年齢を若く保つということは、健康そのものを良い状態に保つということを意味していると思います。これまでの研究でも、主観的な年齢が実年齢より高い場合、認知機能の低下や不活発な生活、さらには若い人に比べ心臓疾患による死亡リスクが高かったことが報告されています。身体の機能低下は、運動や行動の調整や決定に関わる脳の廃用症候群ともいわれていることからも、心とからだの両者には密接な関係があり、かつ両者は分離できるものではないため、むしろ相乗的に充実させていくことが若くあるためには必要であると考えます。
先にお話しさせていただきましたが、アルバート・バンデューラは、設定された目標に対して努力を重ね達成された時,自己効力感は高まるとしています。実感年齢が若い人は,目標(自身にとって必要なこと)にコツコツと取り組むことのできる人間なのかもしれません。例えば、運動や食生活(栄養)などは、目標としての"無理のない毎日の積み重ね"の代表的なものとなるかもしれません。
「実感年齢を若く保つ」ということは、自分自身をきちんと理解できる力そのものであり、健康を良い状態に保つということにつながるのではないでしょうか。
COPYRIGHT © SUNTORY HOLDINGS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED