
国内外で建設用クレーンなどの製造販売を行なう株式会社タダノでは、早くから従業員と家族の「健康」を重視し、精力的に取り組みを進めてきました。
今回は同社の総務部安全衛生グループで保健師兼マネジャーを務める赤澤百合子さんにインタビュー。社員の健康課題と改善策、そして産業保健師がどのような役割を果たすのかについてお話を伺いました。
株式会社タダノの歴史と現在

ーー本日はよろしくお願いします。まずは御社の事業について教えてください。
当社は香川県高松市に本社を構え、建設用クレーンや車両搭載型クレーンおよび高所作業車等の開発、製造、販売、アフターサービスを行なう企業です。
創業は1919年で、創業者の多田野益雄が溶接業を立ち上げるべく北海道に旅立ったことから始まりました。
当時日本に導入され始めていた溶接の火花に魅了された多田野は、「世の中のお役に立つものを創りたい」「社会の発展に貢献できる企業になりたい」という思いのもと、国内で初めて油圧式トラッククレーンの開発、製造、販売を始めました。
社員数は子会社を含めて国内で2,600人程度、買収したドイツの連結企業も含めると5,000人ほどの規模です。工場は日本国内に複数あり、海外にも生産・販売拠点があります。
男女比は製造業ならではの割合で男性が9割、女性が1割です。年代はバランスよく分布しています。
ーーありがとうございます。赤澤さんはどのようなお仕事をされているのですか?
タダノグループには産業保健スタッフとして嘱託の産業医が4名と、保健師が5名(健保組合1名含む)おり、私は総務部安全衛生グループに所属する保健師です。保健師は拠点ごとに担当を分けていて、私は高松市の香西工場と香川県外を担当しています。
現場や開発部門の方、バックオフィスの方など、担当エリアで働くさまざまな部署の方からの相談に対応しています。
長く続いてきた健康文化の発展

ーー健康経営を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
当社は1981年に「心とからだの健康づくり運動」をスタートし、社内に設置した「体力増進センター」を社員と家族に開放するなど、健康文化の醸成に努めてきました。
2018年からは経済産業省と日本健康会議が認定する「健康経営優良法人(大規模法人部門)」にも選ばれています。2022年3月には、国内グループ会社7社についても「健康経営優良法人2022(中小規模法人部門)」の認定を受けました。
社員の健康の保持増進に取り組み、事業の生産性向上に向かう健康経営は、経営戦略の1つとして重視しています。
4つの健康課題と改善策
ーー社員の方の健康状態について、具体的な課題はありましたか?
2018年の「健康経営宣言」表明と同時に健康経営課題を明確にしたところ、課題は大きく4つあるとわかりました。
1つ目は労働時間の適正化、ワークライフバランスの確保です。これに関しては働き方改革を推進して、時間管理や有給取得の推進がかなり浸透しましたので、超過勤務時間の削減につながっています。
コロナ禍でテレワークや時差出勤が増え、1時間単位の時間給がとれるようになったなど、特に子育て世代の社員にとっては働きやすくなったという声を聞きますね。2022年度にはくるみん認定(次世代育成支援対策推進法に基づいて「子育てサポート企業」に与えられる厚生労働大臣による認定)も受けました。
2つ目は生活習慣病を含めた疾病の発生予防です。具体的には、糖尿病リスクが高い、運動習慣率が低い、高ストレス者が30代に多いという課題がありました。
食事に関しては間食や甘い飲み物を取る人が多く、就寝前2時間以内に食事をする割合も高かったため、食生活の見直しと運動の習慣づけが必要でした。
これらの対策として、特に若い方の体調管理やメタボ改善の教育、運動習慣率の向上と喫煙率の低下に取り組んでいます。
コロナ禍特有の課題は、病院での精密検査を見合わせる方がいるということです。自助努力も大切ですが、精密検査で早期発見と治療を行なって健康管理を継続していただくよう働きかけています。
3つ目はメンタルヘルス不調、ストレス関連疾患の早期対応です。ストレスチェックの受検推進やフォローを行ない、現在はほぼ100%の方が受検しています。
私たちが健診フォロー面談でいつも伺っているのは、気分転換や癒しになっているものです。皆さんそれぞれ「子どもの顔を見ると癒される」「愛犬との時間は癒し」などと教えてくれるんですよ。
自分の状態を確認し、ストレスと向き合いながら働いていただくことが大切ですね。ストレスチェック集団分析の結果から、職場改善活動計画書の作成を依頼して実施も進めてもらっています。
4つ目は、女性や高齢社員の健康増進です。誰でも働きやすい職場づくりを推進する施策を行なっています。
ーー具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
最近の例としては、女性のための健康教室実施と職場環境の見直しがあります。工場で働く女性社員は派遣社員の方なども含めて30人程度と少なく、これまではなかなか女性の声が反映されにくい状況でした。
健康教室で「女性も働きやすい職場とはどういうものか」を話し合ったところ、月経に付随する女性特有の悩みなどが取り上げられたんです。
例えば「生理用品を持ってお手洗いに行きにくい」「工場内の女性トイレに棚があれば、歯磨きや化粧直し、生理用品の保管ができて働きやすい」という声がありました。
作業服についても悩みが寄せられましたね。タダノカラーはブルーなので、作業服も性別問わず水色です。「月経中に汚してしまったらどうしよう」という女性からの不安の声、「汚れているよ、とは声をかけにくい」という男性の声もあり、女性用作業服の色を見直すことになりました。
保健師から働きかけた結果、今年10月からの制服見直しに合わせ、女性用作業服ズボンは色の濃いチャコールカラーで、これまではついていなかったポケットやベルトループも男性用と同様につけられることになったんです。
「衛生月間」でお互いの健康度をチェック

ーー御社全体の課題と対策をお伺いしましたが、各職場ではどのようなお取り組みをされているのでしょうか。
毎年9~10月は、健康増進を目指す「衛生月間」としています。この期間、職場内で「健康づくり自己宣言」を社員が共有し合い、心身の健康における目標達成に向けて取り組んでいただきます。
具体的には、衛生月間の目標を1つ立て、それを1年間、毎月お互いに評価し合うというものです。「◎」「〇」「△」などと数段階で可視化して、声をかけ合って健康増進に努めていただきます。
また、「相互ロコモチェック」という取り組みもあります。安全月間に通勤車のライトの点灯や車検証をお互いに確認し合う「相互車両点検」を実施していますが、それの衛生月間版ということで、お互いの運動機能をチェックすることで体力づくりのきっかけにしていただいています。
コロナ禍の衛生活動はオンラインツールを活用
ーーコロナ禍で衛生活動にも変化があったと伺っています。
まずは集合型の運動イベントを個別型に変更しました。もともと衛生月間行事として、定時後に30分歩いたり走ったりして体力作りを促進する「ウォークラン大会」をやっていたのですが、コロナ禍で集まって運動をするのが難しくなったためです。
そこで、4万歩以上を目標に、各自が1週間で歩いた歩数を共有のスプレッドシートに入力をしてもらう方法に変更しました。初回の2020年の参加者は170名でしたが、昨年は2倍近くの289名が参加しています。
2つ目の変化は健診フォローや健康相談、健康教育をオンライン化したことです。以前の検診フォローは対面を基本としていましたが、感染リスクを不安に感じる社員のことを考慮し、対策しました。
香川県では40歳以上の全員面談を中止し、健診結果で精査が必要な方や特定保健指導の対象者にオンライン面談を実施しています。なお、長期療養者の復職支援で対面面談が必要な場合は、パーテーションを使用して感染予防対策を実施しています。
健康教育に関してもオンラインツールを使った開催に切り替えたところ、今まで本社での集合型教育がなかなか受けられなかった支店営業所の方などから「その時間だけ業務を抜けて受講できる」と好評を得ています。
これまでは会場を歩き回りながら参加者の反応を見てセミナーを行なっていたので、初めはオンラインでの健康教育に対する不安感もありました。でも終了後のアンケートはGoogleフォームですぐに回答を得られるようになったので、参加者にとっても保健師にとっても負担が減ったのではないかと感じています。
当社のグループ会社では、会場とオンラインとのハイブリッド式講習も行ないました。感染対策を万全にしたうえで、今後はこうした方法も増えていくかと思います。
今後は健康アプリ導入や人事部と連携を予定
ーー今後の計画があればお聞かせください。
今後はもっと手軽に楽しみながら運動を習慣づけてもらえるように、健康アプリ導入を検討しています。これは自分の歩数がわかったりランキングが見られたりするアプリで、健康管理の一助とすることが目的です。
コロナ禍前は、人事部が福利厚生として慰安旅行や職場の食事会費用を補助する取り組みをしていたのですが、今後は「カフェテリアプラン」を導入する計画が出ています。
これは従業員1人ひとりが付与されたポイント内で福利厚生メニューから好きなものを選択できる制度です。2023年の1月から開始する予定で、健康アプリもこのプランに組み込んで「健康ポイント」付与を計画しています。
健康保険組合とのコラボ企画である「健康クイズ」や、「タダノの食卓」という食事見直しに役立つ情報発信、体組成測定会なども計画中です。
ーーありがとうございます。「健康経営優良法人」認定のフィードバックについてはいかがでしたか?
社外への情報公開、他社への普及が足りないと感じています。健康施策の評価・改善についても力を入れ、課題と合わせて解決策を提案していきたいですね。健康アプリの導入で歩数など行動目標を立てていただくので、社員1人ひとりがどんな意識を持って取り組んでいるのかを可視化できるのではないかと考えています。 運動習慣の動機付けに健康アプリを活用していきたいです。
また、今後は人事部との連携がより一層必要だと考えています。具体的には、従業員エンゲージメント調査のデータとストレスチェックのデータを組み合わせて分析するといった連携です。
産業保健師は会社と社員の橋渡し役

ーー最後に、保健師というお立場から読者の方へメッセージをお願いします。
コロナ禍になって、職場や家庭でのコミュニケーションに関するお悩み相談をお受けすることが多くなりました。
でも多くの社員は自分の不調や悩みごとを会社には知られたくないと思っていますし、心身の健康課題が統計データに反映されるのには時間がかかります。
そこで社員と会社との信頼関係をつなぐ橋渡しになるのが、私たち保健師だと思っています。社員の健康に関する生きた情報を日常業務で入手して、問題を事例化・類似化することで予防策を発信できますから。
社員は「会社から大切にされる感覚」を求めている一方、会社は方針を決め、経営判断をする必要があります。保健師に必要とされるのは、社員にも会社にも正しく情報を伝え、冷静で総合的な判断・行動・連携をすることですね。
女性用作業服の件もそうですが、社員はなかなか本音が言い出せません。業務量についても、本当はキャパシティが限界でもお給料をもらっているからと「できます」としか言えない場合があります。そうした無理が続いて突然休職してしまうといった事態になり得るんです。
でも、もし保健師に少しでも相談をしていただけたら、職場に配慮をお願いできます。例えば業務のサポートや配置・体制の見直しをお願いするといった働きかけです。
もちろん社員本人が会社に伝えてほしいことしか伝えられませんが、やはり命を守るのが役目なので「これは会社に伝えさせてほしい」とお話することもあります。
健診フォローでお会いしたことのある社員さんがこちらの顔を覚えていて、悩み相談の連絡をくださることもあるんですよ。こうした側面も含めて、会社も保健師に期待してくれていると感じますね。
健康経営の取り組みを通して、衛生活動を可視化し視野を広げる重要性、そして産業保健師が果たせる役割についてもあらためて実感しました。今後も課題に向き合って、取り組みを進めていきたいですね。
ーー本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
今回お話を伺った企業はこちら:株式会社タダノ
インタビュアー:青柳和香子