中日臨海バス株式会社は、経済産業省と日本健康会議による「健康経営優良法人」に3年連続で認定された自動車運送事業者です。毎日のバイタルチェックや健康診断、脳などの検査だけでなく、管理栄養士による食事のアドバイスや情報発信も積極的に行なっています。
今回は、この活動の中心を担う「厚生課」ができた経緯や効果について、常務取締役の荻野進さんと管理栄養士の樋口美惠子さんにお話を伺いました。
企業送迎に特化した中日臨海バス株式会社
ーー本日はよろしくお願いします。まずは、御社の事業について教えてください。
荻野常務取締役(以下、荻野):当社はおもに一般貸切旅客自動車運送事業を営むバス会社です。三重県四日市市に本社があり、営業所は四日市以外に桑名、鈴鹿、大阪の堺、愛知の安城、関東3都県にあります。
社員は現在370名、貸切バスの車両数は227両です。国土交通省のデータでは、日本の貸切バス事業者は約4,000社あるのですが、101両以上のバスをもっている事業者はそのうち0.6%(23事業者)となっています(令和2年3月末現在のデータ)。
当社は先々代が整備工場の運営から始め、和菓子屋、旅館とさまざまな事業を営んできました。四日市にあった旅館はプラント工事関係者が多数宿泊される場所で、親方さんの1人が「工事現場と旅館を往復する移動手段がほしい」とおっしゃったことがバス事業スタートのきっかけです。
さっそくマイクロバスを購入して工事業者の方々の送迎を開始し、その工事が終わってからも同じお客様から「大阪で送迎バスを出してもらえないか」とお声がけいただきました。その次は神奈川の川崎にも広がり、現在の企業向け送迎バス事業に発展しています。
毎日の健康管理や定期的な検査を徹底
ーー健康経営に取り組み始めたきっかけについて教えてください。
荻野:当社では健康診断を年に1回、乗務員に関しては全乗務員が年に2回受けています。診断結果で「要再検査・要治療」になると病院で受診してもらい、「運行可」と判断されれば業務を続けるのですが、運行可ではありつつも毎回「要再検査・要治療」という結果が返ってくる社員がいたんです。
これは改善したいと思い、健康管理のプロを雇用して「厚生課」を設置し、本格的に健康増進の活動を始めました。
ーー具体的には、どのようなお取り組みをされているのでしょうか?
樋口管理栄養士(以下、樋口):まず計測や検査についてご紹介します。バスの乗務員が毎日乗車前に必ず行なうのはバイタルチェックです。血圧、体温、脈拍、体重を計測して睡眠時間の入力もしています。
これらのデータを運行管理者が確認して対面でも体調チェックを行ないます。私たち厚生課も確認し、気になることがあればその営業所に電話して「〇〇さんの血圧が高かったですがどうでしたか?」「実は運行を止めました」「健康状態に問題がないので運行しています」といったやりとりをしています。
その他、内臓脂肪の面積測定や脳のMRI・MRA検査、頸動脈エコー、睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査、ストレスチェックも定期的に行なっています。
荻野:脳のMRI・MRAと睡眠時無呼吸症候群の検査は、300人ほどいる乗務員全員が受けています。新入社員は入社時から受けますし、脳に異常がない人でも3年に1回は必ず受診させます。
異常が見つかったのに治療をしない場合には、当社で働いていただくことができません。採用には力を入れていますが、健康管理に関してはハードルを高くしている状況ですね。それくらい厳しく取り組まないと、健康状態に起因する事故はなくせませんから。
データ管理だけでなく、フィードバックを重視して生活改善へ
ーーほかにはどのようなお取り組みをされていますか?
樋口:データ管理だけでなく、フィードバックも大切にしています。社員それぞれの健康課題と改善策がわかるように、社員全員と面談を行なっているんです。
面談では、弊社独自の「ヘルスケア通信」というものをお見せしながらお話します。健康診断の結果から、生活習慣病の四要素である肥満・血圧・血糖・脂質の数値を抽出した通知書のようなものです。
日本人間ドック学会の判定区分に基づいて、Aが「異常なし」、Bが「軽度異常」、Cが「要生活改善」、Dが「要医療」を指しています。すべてAの場合は健康層で、BかCが1つあると低リスク、2つなら中リスク、3つ以上だと高リスクという判定をしています。
このヘルスケア通信は前々回の健康診断結果から載せているので、判定の推移が見られます。そのため「前回の中リスク判定が今回は健康層になりました。がんばりましたね!」「高リスクになってしまいましたね。どうされましたか?」というような話をしながら、今後どんなことに取り組んだらよさそうか、一緒に考えてご自身でP(計画)D(実行)C(評価)A(改善)を毎回書き留めて、できることから少しずつ取り組んでいただくようにしています。
ーー改善方法については、例えばどのようなアドバイスをされるのでしょうか
樋口:私は管理栄養士ですので、人によっては食事記録をつけてもらい、それに対するコメントをお送りしています。所属長や本人が希望される場合は、LINEで写真を送ってもらってコメントすることもあるんですよ。
例えば「ポテトサラダ、フライドポテト、から揚げ、ごはん、コーンスープ」といった食事だった方に野菜不足だとお伝えすると、「きゅうりの和え物、刺身、みそ汁」「青菜のおひたし、きんぴらごぼう、切り干し大根、大根とロールキャベツ」といった内容に変わっていきました。
写真によくもずくが登場して、「今はもずくがマイブームなんだ」とおっしゃっていたこともありましたね(笑)。
このように、まずは面談や日頃のやりとりを通して食事に関するアドバイスをさせてもらっています。
社員の家族にも取り組み内容を発信
ーー個別のヘルスケア通信とは別に、毎月健康情報の発信をされていると伺っています。
樋口:はい、実はご家族向けにも「CRB厚生課だより」というお便りを作っています。会社が進めている健康増進の取り組みや、知っていただきたい健康上の知識などを載せたものです。
例えば水分摂取で気をつけたいことや季節の野菜を使ったレシピなど、興味を持っていただけるような内容を心がけています。
毎月の給与明細と一緒に配布しているので、「家内が楽しみにしているよ」というお声も聞けてうれしい限りです。ほかにも営業所内にポスターなどを張り、夏バテ予防やコロナ対策を呼びかけています。
「先生」ではなく「同僚」として背中を押す
ーーお取り組みを進めるなかで、苦労されたことなどはありましたか?
荻野:厚生課を立ち上げて6年ほど経ちます。年に2回の面談などこうした取り組みは今でこそ当たり前になっていますが、当初は「なぜここまでしなくてはいけないのだろう」というような反応を示す社員の姿もありました。
でもバスのお客様は乗務員が健康だと思っていらっしゃるはずですし、命をお預かりしている会社なのだから、やはり健康に留意していく必要があります。それを私や厚生課から粘り強く伝えてきたことで、「非常識」が「常識」に変わっていったと感じています。
樋口:私は以前、管理栄養士として病院に勤めていたので、患者様から「先生」と呼ばれることに慣れていました。でも当社に転職して、「先生」ではなく同じ社員としての目線をもつ必要があることに気付いたんです。指導者のような接し方ではなく、できることから少し背中を押す存在としてお話をしていくように心がけています。
最初は管理栄養士が入社することに疑問をもたれた方も、会社全体で健康経営を推し進めていくという話を理解してくださり、今では厚生課が作るポスターへの意見をくれるほどに関係性がよくなりました。
荻野:ちなみに、当社はよく「なぜ管理栄養士を雇用したのですか?」と尋ねられます。「保健師や看護師ではなく、なぜ管理栄養士なのか」と。でも大切なのは「本当に人を健康にしたいと思っているかどうか」だと考えているんです。
保健師であれ看護師であれ、この思いがなかったらまったく意味がありません。ルーティンのように業務をこなしたり、社員に対して「こういう食事をしてください」と一方的に接したりする人には、誰も従いたくないですから。
樋口たち厚生課の管理栄養士は、社員に健康になってもらいたいという思いが本当にありますし、現場の雰囲気も察することができます。だから健康経営の中心を担う存在になっているんですね。
社員の約9割が健康意識をもつように
ーー現在、健康経営の効果はどのように感じられていますか?
樋口:最近取ったアンケートでは、「あなたの健康意識は変わりましたか」という設問に対して89%の方が「変わった」と回答されています。「もともと健康意識は高い」「意識は変わったけれど行動が伴わない」という方もいますが、約9割の方が健康の大切さを感じているという状況です。
さまざまな計測データやそのフィードバックを通して、乗務員さんだけでなく運行管理者の皆さんもヘルスリテラシーが向上してきたのではないかと感じています。
ーー荻野常務は皆さんの変化をどう感じていらっしゃいますか?
荻野:以前と比べて、休憩時間にトレーニングウェアへ着替えて歩いている社員をよく見かけるようになりました。自分の健康に気を遣う社員が増えてきていると思います。
アンケートの話もあったように、健康になりたいという意思はみんなあるんですよね。でもどんな運動をすればいいか、食事改善は何から始めたらいいかわからない。でもプロである厚生課がこまめに情報を発信することで、「これ食べてみたら良かったよ」という反応が生まれます。今後もそういうきっかけづくりは作っていきたいなと思いますね。
樋口:「運動をする時間をつくれない」という声もありましたので、2年半くらい前までは10kmほどのウォーキング大会を開催していました。
社長や常務、所属長も含めていろいろな方が参加するのでコミュニケーションの場にもなりますし、10km歩いたという達成感もみんなで一緒に味わえます。コロナの感染状況が落ち着いたらまたぜひ開催したいですね。
人生を楽しみつづけるには、健康が不可欠
ーー今後の計画がありましたらお聞かせください。
樋口:今年2月は国交省による運送事業者などを対象にしたセミナーで、社長の森川がゲストの1人としてお話をさせていただきました。当社ホームページのスタッフブログでも、随時情報を発信中です。
また、新しく「健康経営方針」も打ち出しています。これは「健康管理の取り組みを継続、ブラッシュアップしていくことにより、健康層+低リスク層の社員比率50%以上を目指す」 というもので、この方針に沿って今後もさまざまな取り組みを進めていきたいと思っています。
荻野:当社はバス業界で先駆けて健康増進に取り組んできました。次に取り組む必要があるものの1つは、「目の健康」だと考えています。眼圧検査の実施や、運転中に使う紫外線カットサングラスの導入などを検討中です。国交省からも、自動車運送事業者における視野障害対策マニュアルが出ています。
乗務員の定着率を上げる取り組みも今年4月にキックオフしました。バスの乗務員は、1人休んだら他の人が2台分を運転するということができません。労働人口が限られているなか、特に「人」が重要な会社ですので、退職者を少なくして定着率を上げる施策を考え始めています。経済的な待遇だけでなく、チームワークが魅力になるような会社にしていきたいですね。
健康経営も魅力の1つになるでしょう。誰でも「自分は健康だ」と思いがちですが、健康診断の結果を見ると対処が必要な場合もあります。
定年退職したあとも心身ともに健康で余暇を楽しむのか、病院で余生を過ごすのか。たとえお金があっても、人生を楽しむには健康であることも大切だということを、今後も会社全体に伝えていきたいですね。
ーー本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
今回お話を伺った企業はこちら:中日臨海バス株式会社
インタビュアー:青柳和香子