
タクシーやハイヤー、バスによる旅客運送業をしている国際自動車株式会社は、従業員が長く健康に働ける職場環境を作ると同時に、健康に起因する事故をなくすためにも、健康経営に取り組んでいる企業です。健康経営優良法人にも5年連続で認定され、産業医に健康に関する相談を気軽にできる体制を作り、禁煙促進や女性従業員が働きやすくなる制度も導入しています。
今回は同社の安原さんにお話をお伺いしました。
旅客運送業として従業員の健康管理は無視できない事柄

ーーまずは御社の沿革や事業内容について教えてください。
安原さん(以下、安原):弊社は1920年設立の会社でハイヤー、タクシー、バスの旅客運送業をメインに、それに付随する整備事業やタクシー向けの装備品を開発・販売しております。従業員は約6,300名、ドライバー職は中途採用が多かったのですが、2010年からは新卒採用にも力を入れ、これまでに1,200名ほどがドライバー職として新卒入社しております。
ーー健康経営に取り組まれたきっかけは何ですか?
安原:明確に目標を打ち出して取り組みだしたのは、2015年からです。これには旅客運送業としての安全確保と、従業員の健康確保への意識が高まっていたことが背景にあります。
それ以前から、居眠り運転を原因とする観光バスの事故など、バスを中心とした旅客運送業の事故が多発し、報道されていました。弊社も旅客運送業を行なう立場として、運転手の健康状態に起因する事故は何としても防がなければと痛感した出来事です。また、新卒採用で入社いただいた方は、長期雇用を前提としており、長く働いてもらうには健康管理も欠かせないとの認識から、健康経営の重要性を感じました。
そうした背景を受け、現在、社長をしています西川が、当時人事部門の責任者を務めており、西川を筆頭として健康経営に取り組もうと方針が示されて今日に至ります。
ーー従業員の健康状態について、改善が必要と感じたのはどういった点ですか?
安原:新卒採用に力を入れる前は、ほかの職業を経験されてきた50歳前後の男性を中途採用するケースが多い状態でした。そのため、年齢的なことやこれまでの生活習慣の影響により、血糖値や血圧などに問題を抱えている方が多く、改善すべき課題として認識しておりました。また、自身の健康について意識を持っていない方が非常に多かったのも、問題に感じていた部分です。
産業医を巡回させて従業員の健康をサポート
ーーそれでは健康経営の取り組みとして実施された、具体的な施策について教えてください。
安原:週に1回から月に1回のペースで産業医が事業所を訪問し、健康上問題のある従業員への面談や指導を行なうことは、一番力を入れている取り組みです。職場の管理者が注意するよりも、産業医から話してもらうほうが素直に聞く人も多いですからね。
弊社は産業医と看護師、保健師が従業員の健康を支援してくれる拠点を設けており、健康上の相談ができるように体制を整えていましたが、自分から面談予約を取って相談に行く人は一部に限られていました。これでは従業員全体に健康を意識してもらい、注意を促せません。それで、健康診断で異常が見られた方や、健康上の問題が事故原因ではないかと疑われる方を中心に、産業医のほうから訪問してもらうようにしました。
事故原因となる健康上の問題というと、SAS(睡眠時無呼吸症候群)がわかりやすいかと思います。または単純な不注意が原因であっても、それが体の不調からくるケースもあるでしょう。そうした原因を考慮して、対象者に治療や注意を促せば、防げる事故もたくさんあります。
以前から定期健康診断だけでなく、有所見となった従業員がきちんと再検査を受けているかもチェックしており、8割近くが受診している状態です。それをさらに発展させ、昨年は産業医と会社の医療職員が連携し、テーマを決めて従業員の面談や治療状況を追いかけるようにしました。テーマとしては糖尿病をお持ちの方へのアプローチということで、適切な管理ができているか毎月チェックし、必要ならば面談や主治医の変更をアドバイスするなどしていました。結果、対象者の血糖値改善が見られたり、通院頻度が下がったりと、目に見える効果が出ています。
また、事故原因としても取り上げましたSASについて、弊社のバス運転手300名を対象としたスクリーニング検査も実施しました。これは、バス運転手300名のうち、健康診断結果やBMIの数値からSASの可能性がある100名に検査キットを使ってもらい、疑われる場合は病院での精密検査や治療を受けてもらうものです。治療にかかる費用は個人持ちですが、診断されるまでの検査費用は会社負担で実施しています。
産休・育休前も女性が安心して働ける制度を整備
ーー禁煙促進や女性の健康管理促進の施策も取り組まれているそうですが、こちらはどのような内容ですか?
安原:禁煙促進は、2019年に社長が「2025年までに喫煙率を20%まで下げる」という禁煙宣言を発して取り組みを始めました。もともと喫煙率が非常に高い業界ですが、喫煙が体におよぼす影響は悪いものばかり。制服にニオイが付いていると、お客様からのお叱りの原因にもなりますから、業界としても禁煙奨励の方向で動くべきだと感じています。
具体的な内容としては、外部の禁煙プログラムと契約し、会社が費用負担して無料で受けられるようにしています。さらに、ハイヤー部門とバス部門の給与に、2021年から禁煙手当を導入しました。煙草を止めた方・吸わない方はお給料にプラスして支給されるもので、これは導入してすぐに何人かが禁煙したと報告を受けています。タクシー部門では、弊社が都内に作っているタクシー乗り場のうち2箇所を、禁煙ドライバー限定にしました。どちらも医療機関にあるタクシー乗り場なのですが、タクシー需要の高いスポットということもあり、煙草を吸っていないほうが働くうえでのメリットが大きいということで、これを始めたときも何人かが禁煙プログラムを利用したと聞いています。
弊社は男性従業員が中心の職場でしたが、2010年以降は新卒採用と同じく女性従業員の採用にも力を入れるようになりました。そのため、女性に特化した制度や取り組みが必要となり、女性特有の検診無料化や事業所を巡回する医療職への相談ができるようにしています。
妊娠された女性従業員には、プレママサポートプログラムも用意しました。法律上は妊娠中であっても、産前休業に入る前の時期なら運転可能です。ただ、そのような状態での運転業務は不安も大きいでしょうから、本人の希望があれば妊娠中は内勤職で働ける制度を作り、運用しています。それまでは、女性のタクシードライバーはお子さんができたら退職されるケースがほとんどでしたが、こうした制度を整えたことで、妊娠中は内勤で働き、産休・育休が終わったらドライバーとして復帰する選択も可能になりました。
産業医巡回や女性の健康管理促進は従業員にも好評

ーー健康経営に取り組むうえで、大変だったことはありますか?
安原:やはり、従業員に自分の健康に留意して、良くしていこうという意識を持ってもらうのは大変ですね。ドライバー職は健康への意識は普通の人よりも持ってほしいのですが、苦労しているところです。
2015年から「健康づくりマスタープラン」を立てて、健康経営の取り組みを進めてきました。3年ごとに目標を更新し、最初の3年間は産業医の事業所巡回をはじめとする、体制作りに取り組みました。
2018年からの3年間目標は、自発的な健康管理や自ら意識を持って健康増進してもらうのをテーマにしましたが、ここは難しいところでしたね。禁煙手当を取り入れて、健康につながることをすればインセンティブが入る仕組みも用意しましたが、それが本当に正しいやり方だったのかという疑問もあります。ただ、従業員のなかでも話題に上り、禁煙のきっかけになったのは確かです。
産業医の面談により改善が見られるところもありましたが、病気をしているわけではないけれど年々健康上の問題が増えている人たちに対して、どのように健康の重要性を気付いてもらうか、自分から健康増進を実践してもらえるようになるかは、これからも非常に大きなテーマになると思います。
ーー取り組みの中で従業員からの反響が大きかったのは、どの施策ですか?
安原:やはり産業医が現場を巡回し、いつも話ができる体制になっているのは、圧倒的に高い評価を得ています。「こんなことをやっている会社は、この業界ではほかにないのではないか」「産業医の先生と気さくに相談できると、改善に向けた行動をとりやすい」といった声も上がっています。また、治療のため通院している従業員のなかには、見当違いなお医者さんを受診しているケースもたまにあります。そこについてもアドバイスをもらって適切な医療機関を受診した結果、劇的に症状が改善した例もあります。
あとは禁煙手当を始めたときも反響が大きかったですし、プレママサポートプログラムも現在、ドライバー職で妊娠された方は、ほぼ全員が利用しています。最近では育児休業後にドライバー復帰し、第二子の妊娠でサポートプログラムを再度活用する方も登場しています。
ーー取り組み始めた頃と比べて、従業員の健康意識が変わってきている実感はありますか?
安原:この業界の特色として、人の入れ替わりが激しく、新卒と中途採用を合わせて毎年約500名が新しくドライバー職として入社しますが、平均年齢が高いため、退職者もそれなりにいます。新しく入った従業員に対しては、また教育をし直さなければならず、なかなか全従業員の健康意識を向上させていくのは難しい部分があります。
ただ、長く在籍している従業員は間違いなく、健康への意識向上が見られますし、産業医の対応もあって、病気を抱えている方は改善に向けた行動をしてくれています。
体と心の健康をオープンに話せる職場作り
ーー健康経営について、今後の計画や展望を教えてください。
安原:今年は、弊社の健康づくりマスタープランを更新する年で、何をテーマにするのか、どういった内容を中心に取り組むのか案を出しているところです。自身の健康管理や健康意識を高めるといったものが、継続したテーマになるかと思います。
それに加えて、事故原因だけでなく、睡眠が業務パフォーマンスにおよぼす影響も取り上げていく必要があると考えています。
近年、夏の暑さが非常に厳しく、暑さによる体へのダメージはもちろん、それによる睡眠の質低下も仕事のパフォーマンスに影響するでしょう。また、タクシードライバーは2日分の仕事を一日でこなす(その分、勤務日数が半分の日数となる)働き方が主流です。深夜に働いた次の日は日中に睡眠を取るといった不規則な部分があり、そうした生活でも良質な睡眠が取れるよう、テーマとして掘り下げる必要があります。
同時に、心の状態が仕事におよぼす影響についても検証を進めており、これも何らかの形にしたいですね。
それから、ドライバー職の従業員は、腰痛や膝痛といった筋骨格系の問題を持っている方が多いです。年齢的なものもありますが、一日中座っているのも大きな原因ですので、業務中は定期的に車から降りて体を動かすよう指導しています。こういった部分はこれからも力を入れていきたいですね。
ーー最後に、健康に関心のある読者や、健康経営に取り組む企業のご担当者の方へメッセージをお願いします。
安原:従業員に健康への意識を持ってもらうには、健康についてオープンに話ができる職場にしていくことが重要です。健康について口にしていれば意識する機会になりますし、日頃から健康を意識していれば話題に上がるようにもなります。自分自身でSOSを出すだけでなく、周りも心身の不調を気付ければ対処しやすいので、そういったこともオープンに話せる職場になれば良いと考えています。
弊社も産業医の巡回をはじめ、さまざまな施策を打っており、効果が見えにくいものもありますが、それもゼロにはなりません。会社の取り組みを知って、従業員のなかに少しずつ積み上がっていくものもあると確信しています。
ーー本日はお話いただき、ありがとうございました。
今回お話を伺った企業はこちら:国際自動車株式会社
インタビュアー:塩野実莉
サントリーウエルネスのおすすめ商品はこちら