
西日本で高齢者の住まいを運営する「あなぶきメディカルケア株式会社」は、社員の産休・育休取得率アップや残業の削減に取り組んでいます。
チーム全員で高齢者の暮らしを支える「チームケア」の重要性を伝え、この数年で男性の育休取得率は約7割にまで上がったとのこと。取り組みによって、社内にどのような変化があったのでしょうか。今回は同社の人事広報部 嶋津和幸さんにお話を伺いました。
「自分らしさを支えたい」あなぶきメディカルケア株式会社

ーー本日はよろしくお願いします。最初に御社の事業について教えていただけますか?
当社は総合不動産事業を営むあなぶき興産が親会社で、2009年に福祉の事業を立ち上げて13年目となりました。
おもな事業は、有料老人ホームなど高齢者住まいの運営です。ホームは西日本に33棟あり、居室は現時点で約1,500室、社員は820名で、社員の約8割が介護職・看護職に従事しています。
介護事業を展開する法人の中ではまだ新しい会社ですが、西日本で展開する有料老人ホームの運営規模としては大きくなってきていて、今後は関西へ広げることも考えています。
ーーありがとうございます。介護と今回のテーマである「健康」はとても関わりが深いように感じます。
当社は「自分らしさを支えたい」というブランドスローガンを掲げています。
もちろん健康でいることはとても幸せなことですが、ご入居されている方々と接していると、病気の治療や健康のために何か我慢をしたり制限を強いたりすることだけがご本人やご家族の幸せにつながるとはいえないと感じることがあります。
「できるだけ健康リスクを減らしながらも、ご本人やご家族の気持ちを支えたい」という思いがこのスローガンに込められています。
業務量の偏りと産休・育休取得率の低さが課題だった

ーー御社は「健康経営優良法人2022(大規模法人部門)」に認定されています。従業員の方の健康や働き方について、もともとどのような課題がありましたか?
「自分らしさを支えたい」というブランドスローガンを達成するためには、まず社員が健康で、働きやすい職場環境が整っていることが重要です。
しかし今から7~8年前は一部の社員へ業務が偏っていて、自分が休むことでチームに迷惑をかけてしまうと考え、妊娠がわかった社員の中には退職を選ぶ人もいました。
当時、私は小売や飲食事業などを営む全くの別業界企業から転職してきたのですが、これまで現場店長職、店舗運営指導、人事を経験していたので、労務管理の難しさや長時間労働になってしまう背景や構造は身をもって理解していました。
介護の現場ではご入居者の生活を24時間サポートしますから、一人のスペシャリストだけが長時間労働をして、バトンを渡した次の人がクオリティを下げてしまうわけにはいきません。
つまりチームで同じクオリティのバトンを渡し続け、介護の質を担保し続ける「チームケア」がとても重要です。
一人に業務が偏る状態はそもそもチームケアの視点、チームを強くするという観点からすると、あってはならないことなんですね。その社員がいなくなったらご入居者の生活が危ぶまれる可能性がありますから。
また、人材難の時代を迎えるにあたり、残業が多い社員がいる、育休を取得する社員が少ないという状態では選ばれる会社になれないし、働きやすさを感じることができなければ社員も定着しないという危機感がありました。
管理職教育と可視化で「残業は悪」という認識を広めた

ーー残業を削減して育休取得率を上げるために、どのようなアプローチをされたのか教えてください。
まずは「サービス残業を無くすこと」そして、「残業をする場合は1分ごとにきっちりと残業手当が支払われる」ように仕組みを整えていきました。
あとは「文化を作る」必要がありました。「チームケアをするうえで残業は悪」ということ、誰か一人が何時間も残業するなら10人で少しずつ残業したほうがいいということを管理職やリーダーたちにとにかくこつこつ伝え、事あるごとに研修や勉強会も開きました。
また、全社員の残業時間を可視化して、管理職に公開しています。「管理職教育」と「残業の可視化」この2つがポイントでした。
あとは推進する以上、ロールモデルになるために私自身もライフスタイルを変えていきました。
ーーどのような変化だったのでしょうか?
「風土や習慣を変えるのはまず自分から」と言い聞かせ、家事を100%やると決めたんです。自分の「ノー残業デー」を作って、ほぼしたことがなかった洗濯、洗い物、掃除、そして保育園送迎や育児も全部できるようになろうと思いました。
前職の時に子どもが二人生まれたのですが、当時は仕事のやりがいに満ちあふれていて、ある意味それを言い訳にして育休を取るなんて考えもしなかったです。今となっては恥ずかしくて後悔していますし、昔の自分を反面教師にしています。
「託す大切さ」を伝え続け、男性の育休取得率が7割近くに

ーー現在は女性の育休取得率が100%、男性も7割近くの方が取得されているそうですね。
女性に関しては3年ほど前から産休・育休の取得と復帰が100%になりました。ただ男性の取得が全く進まず、2年前は男性の取得率が10%程度でした。この1~2年で7割にまで上がり、今後は100%を目指しています。
ーー育休取得はどのように推進していったのでしょうか?
最初に育休を取ってもらうよう働きかけた相手は、施設長などの管理職社員です。「取れない」と言われれば「権限移譲ができないのならチームを強くすることはできない」「育休を取って仕事を託すことで部下が育つ機会になる」と半ば脅しながらアプローチしました(笑)。
私も経験上、「自分が離れてしまったらこのプロジェクトはどうするんですか」という気持ちは痛いほどわかりますが、心を鬼にして言い続けました。
もう少し優しい言い方にするにしても、「託すことでチームが育つよ」ということは、先に育休を取得した社員から周りの社員に伝えていってほしいですし、そうやって育休を取得することが当たり前である文化を作っていきたいですね。
もともと当社の社員は福祉の世界にいますから、誰かのために過ごすことや利他的な行動を幸せに感じる人は多いです。育児にはまって楽しんでやっている人も多い印象ですね。
働きがいは見えなくても、「働きやすさ」は外から見える

ーー取り組みを進めてきて、ほかに何か変化はありましたか?
育休取得が進んできたり、残業が減って有給休暇の取得率が増えてきたりしたことが、採用の動機付けで非常に効いているという声は管理職からよく聞きます。現場社員もみんなそれを実感しているようです。
2022年に入社してくれた235名のうち、新卒社員は過去最大の48名でした。20代と30代の採用数が飛躍的に増えているので、若年層に選ばれる機会が増えているのは明らかですね。人員計画の達成につながっています。
ーー社外にも御社の取り組みが伝わっているのですね。
当社は「子育てサポート企業」として厚生労働大臣からの「くるみん」認定を受けているので、それが理由で応募して入社した若手社員もいます。
「働きがい」は社外からなかなか見えずわかりにくいですが、「働きやすさ」は残業時間や有休取得率、産休・育休取得率などから見えますよね。こうした認定を受けることで客観的な指標をクリアしているということが伝わるのかなと思います。
誰でも見られるWEB社内報で、会社の思いを発信
ーーWEB社内報「Yawaragi(やわらぎ)」についてもご紹介いただけますか?社員さんの育休体験談やインタビューなど、記事が大変充実していると感じました。
もともと紙の社内報を年に4回発行していましたが、各拠点の社員が会社の方針やその理由・背景をより共通理解できるように、情報量を増やせるWEBに切り替えました。
紙の社内報は社員のご家族に読んでほしくて社員の自宅に送っていたのですが、WEB社内報は求職者の方やご入居者のご家族、入居検討中の方、メディアの方など社外に向けても発信しています。
会社が大事にしていることや物語を知っていただけたら読んだ方の行動につながると思うので、毎日発信してネガティブな情報も含めてリアルな姿を思い切って出していくようにしています。
生活習慣の改善や女性特有の健康課題にも取り組んでいく

ーー今後の計画などありましたらお聞かせください。
今までお話した取り組みについては、健康経営をしたいというよりも、「チームを強くしたい」「定着率を上げて採用も強化したい」という目的が先にあってのことでした。
実際に健康診断の受診率を100%にすべく、また二次検査も強力に受診勧奨し始めたのは健康経営をはっきりと意識したからです。
数年前、ある社員が突然倒れて亡くなってしまったことがきっかけでした。その社員は高血圧でした。今後は食生活など日頃から改善、予防できる部分は必ず取り組み、会社がしっかりと健康診断や二次検査の受診をサポートすることで背中を押したいと思っています。
健康アプリも導入したので、運動習慣をつけて社員のライフスタイルに健康上の変化が起きるような取り組みも検討中です。
また、女性特有の疾病や生理についても会社内で理解を深め、福利厚生で具体的な支援を始めたいと考えています。
以前、女性の管理職だけを集めてワークショップをしたところ「生理の時に困る介助」「会社が各事業所に生理用品を設置するならどんな種類のものがいいか」など具体的な話題が挙がりました。
生理の話題はどこかタブー視されていますし、男性の管理職は興味がない人、興味があっても話題にしづらい人もいると思います。でも知らないと想像できないですし、思いやることもできません。まずは象徴的な取り組みをすることによって、男性社員の意識を上げていきたいですね。
単に育児支援をするに留まらず、男性側が女性のことを理解する必要がありますし、生理の話題や女性特有の疾病についての会話が男女問わずしやすい空気にしなくてはいけないと思っています。それが職場の居心地の良さにつながるのではないでしょうか。
ーー本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
今回お話を伺った企業はこちら:あなぶきメディカルケア株式会社
インタビュアー:青柳和香子
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